こうして私は80日間【犬のインド】を撮った③
Photo&text=Akira Hori All rights reserved
これまで見てきたように、インドにはストリートドッグが実に多い。
一体どのくらいの野良犬がいるんだろうか?
ためしにHow many stray dogs in India? で ググってみると
over 60 milion
と表示される。もちろん推定だが6000万頭を下らないというわけだ。
"パリア"と呼ばれる犬たち
見かける犬の多くは、数万年前にさかのぼる犬の原型とは、ひょっとするとこんな姿をしていたのでは?と思わせる風貌の「パリア犬」の系統の犬たちだ。
パリアとはヒンディー語で「宿無き者」を意味する言葉だ。
本来のパリア犬は直立した耳、くさび形の頭、湾曲した尾を持っている。
考古学的証拠から少なくとも4500年前にはこの犬がインドの村に生存していたという。
しかし 実際に見かける犬たちは、垂れ耳も少なくなく、ストリートドッグのほとんどは間違いなく雑種だろうと思わせるいでたちだ。
▼下の写真は、 ガンガーの沐浴で知られているバラナシで撮影した。 ガンジス川のほとりで 昼寝をするこの子犬たちは、被毛の模様や耳の特徴から、明らかに雑種であり、本来の「パリア犬」とは一線を画している。腹部に赤みがさしているのは、 ホーリー祭でまかれた色粉(画面右上の赤紫色が顕著)の影響である。
恐るべきインドの野生犬
インドの犬を語る上で見逃せないのが、野生の犬だ。
インドにはドール (アカオオカミと呼ばれることもある) という野生犬が生息している。彼らは10頭前後の群れをつくって、移動しながら狩りをする。
インドにとどまらず東南アジアにも広く分布しているが、個体数は限られており 絶滅危惧種に指定されている。南インドではあちこちの野生動物 保護区に姿を見せるというが、他の地域では観察するのはきわめて難しい。
▼下の写真は、中央インドのカーナ国立公園で撮影した。 望遠レンズで追ったが、 雨期で光量が芳しくない上に動きがすこぶるすばしこく、まだ素人だった私には手に余る撮影だった。実際ピントが甘い(笑)
もし街中で リカオンに出会ったら、度肝を抜くだろう。 しかし、出会ったのがドールならイエイヌと勘違いしてしまうかもしれない。実際、ぱっと見は少し獰猛そうなイエイヌだ。
そんな風貌の野生犬なのだが、このドールを語る上で、欠かすことのできない逸話がある。
このイヌは、ふつうシカやイノシシを狩るが、稀にトラに攻撃をしかけることがあるらしい。10数頭のドールが1頭の雌トラを襲うという壮絶な情景を見たという報告がある。ドールの半数は雌トラに殺られたが、トラはそこで力尽き残りの群れに倒されてしまったというのだ。 恐るべき野生犬だ。
*
季節労働者となった私は、 就労の合間を縫って、JR小海線を使って日帰りのショートトリップに出かけた。
野辺山駅の構内を通り過ぎようとしたときだ。
私の眼は、1枚のポスターに釘付けになった。このときの体験を、私の デビュー作となった『大草原のドッグパラダイス』 に書いている。(以下、 太字部分は本書からの引用)
広大な牧草地に戯れる犬の群れ……。ポスター上端には「八ヶ岳」の大きなロゴ……。〈八ヶ岳〉と〈犬〉と〈牧場〉、なんともエキセントリックな組み合わせではないか
私は迷わずこの牧場へ電話を入れ、すぐさま訪ねた。
周囲はすべて牧草地と森。
民家などどこにも見当たらない。
そこに犬だけが野に放たれている。
見渡す限り、犬・犬・犬だ。
日本にこんなところがあったのか!
これは事件だ! 発見だ!
ここでこの犬たちをじっくりと撮影すれば、相当面白い写真が撮れるだろうな。
背景の八ヶ岳も絵としては最高だ。
私はそう思った。
オーナーのK氏に話をつけて、この牧場に潜入したのは翌年だ。
この年の秋から翌年にかけて、 私は沖縄で ゲストハウスに投宿しながら、かなりエキサイティングな日々を過ごしていたのだが、その生活について言及することは、本稿の趣旨から著しく外れることになるので、 当然差し控える。
ただ、この沖縄滞在中に起こった境遇の変化について、 ほんの少しだけ紙幅を費やすことをお許し願いたい。
私は写真家として、 ずぶの素人からプロになった。 正確には、プロになる手がかりをつかんだと言うべきかもしれない。
寄稿しておいたインドで撮影したトラの写真と記事が、『日経サイエンス』の「 旅して発見」 というページに採用され、掲載されることになったのだ。
掲載誌を八ヶ岳の牧場のK氏に送ってみると、 撮影のオファーが来た。
私は再び中部山岳地帯へ飛んだ。
127匹と犬まみれの日々を送る
八ヶ岳の牧場での体験は、大きな転換点となった。
私はトラにのめりこみながら、さらに犬にのめり込むようになっていった 。
ここでは、"半放し飼い"の数十頭の大型犬が群れで生活している。
かれらが暮らしている牧草地は 60,000平方メートルほどもあり、付近の疎林も牧場の土地だという。東京ドーム の観客席を含めた敷地面積が46,755平方メートルだから、それよりはるかに広いというわけだ。
こんなところは日本はもとより、おそらく世界にもほとんど存在しないだろう。
私にとってまたとないフィールドだった。 ほんの数日の体験で、群れで暮らす犬たちを眺めているのは実に興味深く面白いということに気づいた。 本格的に観察を続けてみよう。
こうして私は、この年から翌年にかけて総数127匹の犬たちと寝食を共にするように暮らすことになった。
ここで何を学び、どんな考察をしたのか、その一 端については、noteでも書いた。
八ヶ岳からインドへ
幸いにも、この牧場で 500日近くにわたり見聞したことを 1冊の本にまとめることができた。 写文集『大草原のドッグパラダイス』は双葉社から刊行された。
念願のインド行きの費用を確保できたのだ。
こうして私は、6カ月に及ぶ取材旅行を決行した。
八ヶ岳での体験は、写真の腕を磨く上でも大いに役立った。 インドのジャングルで鍛えたスキルと八ヶ岳で蓄積したノーハウがあれば、どんな犬の写真だって撮れそうな気がした。
✳︎続編では、フィールドを再びインドに戻します。
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