犬はクサイもので変装する〜 奇妙なふるまいの謎を解く
それにしてもイヌってやつは、人間には理解しがたいような奇妙キテレツなふるまいをする連中だなあ―――。
こんな思いをさせられたのは一度や十度ではありませんが、なかでもきわめつけはかれらの化粧です。
変わり果てたゴールデンレトリーバーの姿を目にした筆者は、一瞬たじろぎました
むむっ、これなんだ?
5頭のイヌたちが得体のしれない緑褐色をまとい、その被毛からはえもいわれぬ香りが漂っています。
筆者が以前 フィールドにしていた八ヶ岳山麓の牧草地では、周囲4キロ四方に民家が皆無ということもあり、イヌたちは日中、「半放し飼い」になっていたということは、このnoteの中でもお話ししました。
さて、話の焦点は、 眼前の「 えもいわれぬ香り」を放つ奇妙な緑褐色の“化粧 “についてです。
まもなくその化粧の正体がわかりました
向かいにある別の牧草地に目をやると、数十頭の牛が草を食んでいます。
この牛たちは、ふだんは麓の牛舎で過ごしているのですが、夏場の限られた時期だけ放牧されているのです。 この夏、牛たちはやって来たばかりです。
ははん、牛糞だな。
イヌたちは牛の排泄物の上で転がりまわり自分の身体にすりつけてきたに違いありません。
やれやれ、どうせニオイをまとうなら、ラベンダーの香りでも運んできておくれ。
もちろんそんなことを言っても叶うはずもありません。
牧草地のイヌたちに限った話ではなく、イヌが汚物を身にまとう行動は広く見られるようです。
このイヌの場合は、馬糞(ありがたいことに乾いていた)を見つけたそうです。
皆さんにも何か心当たりはありませんか?
謎解き
ある研究室で実験をしたところ、イヌは牛糞のような動物性のにおいでなくても、
香水、タバコ、レモンの皮、腐ったキャベツなど強いにおいを発する様々な物の上を転げまわったといいます。
いったい何のために?
これには諸説あります。
第1の説は、「所有権の主張」説。
関心の向いたものに自分のにおいをつけることで「これはボクのものだ」と宣言するのです。
イヌの頭部にはにおいの分泌腺があるので、転げまわれば自分の体臭をつけることができます。ただ、イヌにとって草食動物の糞がそれほど大切なものかどうか、
説得力は乏しいですね。
第2の説は、「変装」説。
狩りのための「変装」をしているというものです。
イヌたちは進化の過程で、草食動物の排泄物のにおいを自分の体につけ、いったん自分のにおいを消せば相手を油断させることができると学んだ。その名残が現在の家庭犬にも受け継がれているというのです。
なるほど進化論的かつ適応的な正論のようにも感じますね。
実際、アンテロープ(カモシカの仲間)が近くにいる野生のイヌのにおいをかいだなら、身の危険を感じ、おそらく走り去るでしょう。しかし、アンテロープはにおいだけに頼って生きているわけではありません。
視覚も聴覚も稼働させて状況判断をしていることはいうまでもありません。
蹄(ひずめ)がある動物は約280度の視野を持っています。その目の配置よって周辺視野はすこぶる広いのです。
余談になりますが、映画『テンプル・グランディン ~自閉症とともに』 では、馬の視野の広さを印象的に描いています。
というわけで、この変装説は実はかなり疑わしい。
第3の説は、「情報の共有」説。
獲物のにおいをつけて群れに戻れば、仲間のイヌと貴重な情報を共有できるというわけです。
野生下では、身にまとったにおいが新鮮な排泄物なら仲間を獲物の近くに導くのに役立つかもしれません。
あるいは、見つけた動物の屍のにおいをまとえば(死)肉を共有しやすくなるかもしれません。
少なくとも「魅力的な」においの共有は仲間の絆を深めるのには役立つでしょう。
もしかすると、理由はもっとシンプルなもので、刺激的なにおいを身にまとうことで、仲間の関心を集めようとしているのかもしれません。
別の可能性
ところが牧草地のイヌたちを観察していく内に、別の可能性も考えられるようになりました。
転げまわるというイヌたちのこのしぐさは、においによって誘発されるとは限らないのです。
それは冬期に典型的に現れます。
イヌたちは雪上に気持ちよさそうに背をこすりつけます。特定のイヌが行なうのですが、何度もリピートします
とりわけ新雪が積もった後は大喜びです。恍惚とした表情でリズミカルに背をこすりつけます。
喜びに関与する神経伝達物質ドーパミンの量が急増している可能性もあります。
いろいろなものの上で転げまわるのは、単に感覚的な刺激を求めて行なっているだけ。実際のところはそんなところかもしれませんね。
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