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長夜の長兵衛 綿柎開 (わたのはなしべひらく)

秋の色

 言いつかった用事に思いがけず手間どった。
 長兵衛は早足で歩き出す。
 しばらくいくうちに、一面の稲穂も、遠くの山の木々も茜色を映し始める。刻々と変わる眺めに心を寄せていると、己も同じに染まっていくようだ。秋の色が、そこはかとなく迫っている。昼間は暑さに紛れているが、こうして日暮れになると、ようわかる。
 足元が見えにくく、歩みが緩くなってきた。宵闇が近い。そろそろ潮時であろう。
 稲架はさ小屋を背に、ごろりと横たわると長兵衛は目を閉じる。土熱つちいきれの名残がからだを包み込んだ。

 うとうとしてから、ふと目を覚ますと、更待ふけまちの月がのぼっておった。そのあかりを受けたものか、あちらが白く輝いて見える。
 からだを起こすとゆっくり歩み寄る。伸ばした手の先に、ふわりとしたものが触れた。月が地面におりたものであろうか、かように柔らかな心地とは。
 ようように目が馴染んでくると、綿の畠であった。

 これもまた秋の色、と長兵衛は独りごちた。

<了>


pixabay by bobbycrim

本年の綿柎開は、8月23日〜8月27日頃。遅れました!

 名月の花かと見えて棉畠 芭蕉

今回はこの句のオマージュになっております。

 

 
 わたくしは山陰地方の東側の生まれですが、稲架=はで であります。
 皆様の地方ではなんと呼ばれますでしょうか。

 iPadの変換は「はさ」とすると漢字があらわれます。
 

 


こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。





お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。