長夜の長兵衛 乃東枯 (なつかれくさかるる)
夏至夜風
日が落ちて、ようやっと風が抜けはじめた。
ひとつ、吹かれてから休もうと長兵衛は表へ出る。縁台にかけ、両の手足をひらき、半眼で空を見る。
たれかが、風に姿を変えて、風鈴の声を借りて語りかけておるようだ。
ちりん。
ちり、りんりんりん、ちりりんりん。
言葉だということはわかるのに、何を言うておるのか解せぬ。
おう、長兵衛。斜め向かいに住まう銀兵衛が姿をみせ、縁台の反対の端へかけた。
薄荷のような音だな、と銀兵衛。
ほう。
こう、火照ったものがすう、とひいていくようで。川の水も、冷やしていくのではなかろうか。
銀兵衛、お主、なかなかに洒落たことを。
はは。安兵衛さんなら、そう言われるのではないかと思うてな。
安兵衛は菓子屋の大旦那である。
長兵衛はしばし考え込む。
儂ならばなんと言おう。越後の酒のような、いや、紫陽花の緑の葉のような。
金兵衛さんならば、なんとされる。
ちりんちりん。
風の声は、風の言葉は。
<了>
photo AC by cheetah
本年の乃東枯は6月21日~6月25日頃。
遅れても遅れながらも続きます!
七十二候の乃東生、と乃東枯、は、対になっております。
「乃東」は、ウツボグサの古名で、漢方で夏枯草として用いられるものだといいます。
こちらとゆるーく対にしてみました。
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。