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長夜の長兵衛 桐始結花 (きりはじめてはなをむすぶ)

筒姫つつひめ

 日当たりの良い庭先に桐がまっすぐに伸び、大きな葉が影を落とす。
 長兵衛が運んできた茶を啜り、久兵衛きゅうべえは縁側に項垂れる倅の方を向いた。
 それで、宗兵衛そうべえ
 わからぬことが多すぎるのです。建具屋で修行中の若者は呟く。

 添えられた梅干しに頬をすぼめたまま久兵衛は言う。
 夏は筒姫、となあ。
 はあ、春は佐保姫、秋は竜田姫、冬は宇津田姫。先だって銅十郎に教えてやりましたが。
 東に佐保山、西に竜田山。筒姫は南、宇津田姫は北、山は誰にもわかりませぬ、と元気の良い高めの声が、俯いたままの宗兵衛の耳の奥にひびいてくる。
 
 まんまよ。
 えっ、と宗兵衛は顔をあげる。
 山の名がわからぬからといって夏や冬がないわけではあるまい。それに、と久兵衛はあちらの方を示した。ひとつところからは見えぬことなども、な。
 長兵衛が庭の端から手招きしている。
 宗兵衛は立ち上がって並んでみる。青い葉だと思っていた向こうに淡い紫の花が見え隠れして。

 おとっつぁん。
 倅の声に久兵衛はただ頷く。

 
 
 
<了>


photo AC  by  三次郎


 本年の桐始結花は、7月22日〜7月27日頃。

 
 こちらは佐保姫の回でした


 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。



お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。