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長夜の長兵衛 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

佐保姫


 畑の果てに並ぶ山々は、すぐそこにあるようでいて遠く、丘のようでいて高い。このような薄曇りの日には、黒がかった緑のいでたちでこんもりと固まっている。
 中腹には桜が三本ほどあるが、花が咲かぬことにはどこやら見分けがつかぬ。川べりに並ぶものとはまた趣が異なって、遠くにある幻のようである。
 風がはやい。
 山のてっぺんがあらわれたり、消えたりする。
 ふうわり白い衣が、山々を遊ぶ。ひらりひらりと裾、ゆらりゆらりと袖がひるがえってはあちらで枝に触れ、こちらで土を撫ぜて。眠りから覚めるよう知らせて回っているのであろう。つと、薄い色がよぎる。ときが翔んだか、それとも山桜か。
 心を踊らせたも束の間、暗い緑に戻ってゆく。
 山の奥深くまで分けいったなら、衣のきれはしなど見つかるであろうか。いや遠くからこそ、おほかたの姿が感じられるのかもしれぬ。

 春の舞は見飽きることがない。
 かれこれ四半刻しはんとき、長兵衛は心奪われておる。

<了>
 


photo AC by jyugem


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 佐保姫と竜田姫


 もう15年以上前になりますが、佐保川のそばに住んでいました。
 佐保山に対しては南側を流れていて、川沿いに上流へのぼると東大寺が近づいてきます。
 佐保山は、松永久秀が多聞城を築いたところです。
 当時、長兵衛を書いていたらまた違っていただろうなあ。



 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。