長夜の長兵衛 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)
寒禽 (上)
吹き降りてくるもの、舞い上がるもの、渦をまくもの。
風は様々な顔を見せてくれる。深い谷を前に長兵衛は立っておった。
大家の金兵衛に連れられ長い旅路にある。
一番弟子の銀兵衛がよろめいて後ずさり、言う。雲が厚く、空が塞がっておりますな。かように風が強くては吊り橋もままなりますまいに、峰の向こうに、住まうものがありましょうや。
金兵衛は、さあて、と答えたのみであった。
おりまする、と長兵衛は上を向いた。
尾根をこえてゆくものが。雲に守られているように見えまする。
鷹ではないのか。鳥や獣の話ではなく、人は住めぬであろうと申したのだ。銀兵衛が言葉を返す。
いや、あれは、と言いかけて長兵衛は口を噤む。胸にしまっておくのがよいように思うたのである。
金兵衛さんの留紺の風呂敷のようにどこまでも深い色の羽。あれは背に、女を乗せておるのではないか。
金兵衛の眼が、きらりと頷いたように見えた。
<(寒禽 下)に続く>
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まさかの、この方に扉絵を描いていただくという幸運に恵まれました。
「物語の欠片」 最新のシリーズはこちら。
始まりはこちら。とてつもないスケールの世界ですが、すっと入り込めて主人公たちがそこにいるような気がします。鶫さんご自身が、世界の一員だからなのでしょう。魅力的な登場人物がたくさん現れて、「推し」が見つかりますよ。
ご一緒に、ハマりに参りましょう。
扉絵に、橘鶫さんが感じてくださった長兵衛ーハリスホーク(和名 モモアカノスリ)。
続く(下)では、金兵衛ー大鷲、です。
作者の嬉しみの大きさをお察しあれ。鶫さん、本当にありがとうございます!
七十二侯シリーズは一話四百字、読み切り、が基本ですが、今回は特別バージョンで、次の侯にまたいでおります。長兵衛世界から物語の欠片が、ちらり、とのぞいているはず。
お楽しみいただければ幸いです。
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。