犬と月
どうぞ、まずはぼんやりRADIOさんのお部屋からお入りくださいませ。
満月が空に、湖面に映えて、どちらが本物なのかよくわからぬ。
面妖な魚のような生き物を探している。ぷくぷくと泡の見えるあの辺り。釣糸を垂れても、無駄なような気がする。浮かんできたところを掬いあげるしかあるまい。
調子はどうかしらと声をかけられて振り向くと、舳に鴉がとまっている。ああ、まあ、まあです。羽音ひとつしない。あのう、あなたは、夜なのに平気なんですか、その、鳥眼って言うじゃありませんか。鴉は忍び声で笑う、色々ありますから。
宅の猫に名前が付きまして、祝いの儀式をしますの。その席に、どうしてもあの方が必要なのです。名前が付いたっていうのは、すごいことですから、お分かりですわね、言葉の重さというもの。
ああ、はあ、あの方、ですか。アレは猫の好物だとばかり思っていたのですが。
鴉の顔に冷笑が浮かんだ。
あのう。
話しかけようとした刹那、しゅううう、と鴉は崩れはじめ、黒い犬に姿を変えた。それは音もなく湖へ飛び込み、ぷくぷくの描く同心円にすう、と近づいて共に泳ぎ去った。
驚かれないのでございますね。隣に白い犬が座っている。ああ、まあ、そんなもんかなと思いまして。左様でございますか。申し遅れましたわたくしは、先のものと共に、準備をしているところでございます。ああ、猫さんに名前が付いたんですよね、おめでとうございます。
あのう。先ほどの方は鴉なのですか、それとも犬。
犬の顔に微笑が浮かんだ。
貴方様はいかがでございますか。人間、それとも。
自分の顔を湖面に写してみる。大きな耳、ぴーんとのびたひげ。
儀式が終わりましたら、あの方にはこちらへお戻りいただきますので、ご安心のほどを。
犬は音もなく湖へ飛び込み、すう、と月を咥え泳ぎ去った。
今夜は月蝕だ。
お越しくださいましてありがとうございます。
よろしければこのような出口は如何でしょうか。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。