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長夜の長兵衛 七十二候シリーズ <短編小説>

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長夜の長兵衛 二十四節気シリーズに続き、七十二候のシリーズです。 短編の連作です。読み切りですので、どこからでも、お読みいただけます。全部地の文で出来ているこの世界は、一体いつ、…
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#超短編小説

長夜の長兵衛 腐草為蛍 (くされたるくさほたるとなる)

蛍袋  鳴らない釣鐘とはなんぞや、と長兵衛は腕を組む。  隣で久兵衛が、不思議そうな顔を…

長夜の長兵衛 螳螂生 (かまきりしょうず)

青紫蘇  葉をむしれば澄んだ匂いが体中を、周りの風を染めていく。  長兵衛は、ほうっとた…

長夜の長兵衛 麦秋至 (むぎのときいたる)

麦の波  ついこの間まで緑に揺れていた畑が、みるみる色づいた。銀兵衛と長兵衛は思わず、畦…

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長夜の長兵衛 紅花栄 (べにばなさかう)

青嵐  皺のよった小さな手をひく。いつの間にか、銅十郎の方が手も背丈も大きゅうなってし…

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長夜の長兵衛 蚕起食桑 (かいこおきてくわをはむ)

一夜酒  ひい、ふう、みっつくださるか。  源兵衛は甘酒売を呼び止め、長兵衛にもこちらへ…

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長夜の長兵衛 竹笋生 (たけのこしょうず)

常盤木落葉  遠くから仰ぎ見れば高き山も、  分け入れば林また林にて、  木立、大地、うご…

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長夜の長兵衛 蚯蚓出(みみずいずる)

車前草の花  鳥居の向こうでは風が変わる。 お社さんでは、綻びが繕われているような、と 久兵衛は思う。世の中の、己の。そして倅の。  どうぞ、お願いいたします。  柏手を打つ。  久兵衛さん、どうかなさいましたか。  いやあ、と久兵衛は頭をかく。宮司さんには、お見通しですなあ。  礼を捧げておられるのが常ですのに、本日は願いごととお見受けします。  倅が。宗兵衛が、まかされた建具をしくじったようでして。    宮司さんはすっと腰を落とし、蚯蚓がのったりと這っていく横に、手

長夜の長兵衛 蛙始鳴 (かわずはじめてなく)

袋角  一行は地蔵さんの辻を越えて峠へ向かい、山の深いところまで分け入った。金兵衛は夏…

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長夜の長兵衛 牡丹華(ぼたんはなさく)

春時雨     菓子屋の店先、右手に置かれた鉢に金兵衛は顔を寄せた。やさしい香りであるこ…

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長夜の長兵衛 霜止出苗(しもやみてなえいずる)

御玉杓子  苗代田に水が張られた。  畦道に草どもがゆらぐ。水面に映された雲が、流れたり…

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長夜の長兵衛 葭始生(あしはじめてしょうず)

目刺  細く尖った芽が水面を穿つように、あちこち姿をあらわしている。  葦の角に出会うと…

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長夜の長兵衛 虹始見(にじはじめてあらわる)

躑躅の衣  丁寧に衣を広げ衣紋掛けに吊るすと、蘇芳の色目が金兵衛の心の奥を掴んでくる。や…

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長夜の長兵衛 鴻雁北(こうがんかえる)

花筏  吉野の山桜は、夢かうつつかわからぬほどの見事さと聞きおよびます。行者さんの御神木…

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長夜の長兵衛 玄鳥至(つばめきたる)

駘蕩  辻にて長兵衛は一旦立ち止まる。左へ行けばお社さん、右なら畑へ至る道、まっすぐ進めば峠。  ほわりほわりとした気の流れを辿りながら歩いていると、峠へ向かう一本道から少しく脇へそれていく。なだらかな斜面にみつばつつじの群生するのを見つけ、傍に大の字になってみた。  桜が白に思えるほど、濃い花びら。小さな三揃いの葉は新しい春の色をしている。その向こうに、すっかり霞の晴れてきりりと締まった青が透けて見える。切れ切れに雲がわたっていく。  風が土の匂いをそよがせて。寝転んだま