長夜の長兵衛 麦秋至 (むぎのときいたる)
麦の波
ついこの間まで緑に揺れていた畑が、みるみる色づいた。銀兵衛と長兵衛は思わず、畦道をゆく足を止める。
麦踏みをしたは、ついぞこの前のように思うのだが、と銀兵衛。
ほんに、早いものよ。長兵衛がこたえる。
夕暮れ前の柔らかな日が風を携えて、実りのいろは幾重にも重なって広がる。これぞまことの黄金ではないかと銀兵衛は思う。
燕が穂のすれすれを目がけ、すべるように進んだかと思えば、すいと空を目指し去ってゆく。新たな風を添えられて、麦の波は右へ左へ、向こうへこちらへ、さわ、さわさわと。
金兵衛さんのいろ、と銀兵衛は独りごちる。
わたしはどんな銀であるだろうか。そもそも、そのいろの名をわたしが名乗っていてもよいものか。
長兵衛はなんのいろであろうか。
波間からあらわれた天道虫が、真上へと舞い上がる。一面の金にも負けぬそのいろ。
赤、なのか。
日暮れの前に、戻ろうぞ。
長兵衛の声に、銀兵衛は我にかえり、そろそろ刈り入れだなと笑うてみる。
<了>
pixabay by Hans
本年の麦秋至は5月31日~6月4日頃。
遅れながらも続きます!
ヒトシさんとシンクロしました! 二人のいたのは、ヒトシさんの畑だったのかもしれません。
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。