長夜の長兵衛 虹始見(にじはじめてあらわる)
躑躅の衣
丁寧に衣を広げ衣紋掛けに吊るすと、蘇芳の色目が金兵衛の心の奥を掴んでくる。ややあって、裏の萌黄が、そのまた奥を射る。三歩ほど下がって、もう三歩、五歩、終いには次の間から眺めた。
うむ。
おのずと口の端があがる。
譲り受けた折には、なかなかな傷み具合であったが、よう、ここまで。さすがは源兵衛、反物屋の隠居。染め物の腕は道楽どころではないわ。
まこと良質な織りの衣であったゆえ、つい熱が入ったと仰せでございました。洗い張りも仕立て屋も、同じ思いであったようだと。
源兵衛からのことづてを伝える長兵衛の声音にも、感嘆の響きがある。
戻る道すがら、長兵衛は木陰で通り雨をやりすごす。緑の葉先から、水の粒が落つる。次第にゆっくりになり、ことし初めての虹が。
躑躅の衣と教わった、蘇芳と萌黄の合わせ色。あそこに全てある。
あれが好きだと言うておったもので、どうしても供えてやりたかったのだ。
そう漏らした金兵衛の、衣を撫ぜる指の色も。
<了>
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本年の虹始見は4月14日~18日頃。
遅れながらも続きます!
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。