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日本企業におけるDXと両利きの経営 / 大企業経営者が今スタートアップに挑戦する理由

2月某日、DNXのLP企業様向けにNew Year Executive Eventを開催しました。早稲田大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授 根来龍之さんに「日本企業におけるDXと両利きの経営」についてご講義いただいたほか、2010年まで株式会社キーエンス代表取締役社長を務められ、現在株式会社SHIFTにて取締役副社長を務められている佐々木道夫さんにご登場いただき、「なぜ大企業経営者が今スタートアップに挑戦するのか」お話をお伺いいたしました。

事業会社のみなさんに根来教授直々のDX講演、そしてなかなか公でお話される機会の少なかった佐々木副社長のお話を伺える機会とあって、大変好評いただきました。本記事ではその一部を抜粋してご紹介いたします。


プロセスのDXの次は、製品サービスのDX・顧客のDX支援まで見据えて

本日はお招きいただきありがとうございます。「両利きの経営」という最新流行概念をどう捉えるかについて考えながら、日本企業のDXについて考えていきたいと思います。

根来 龍之 教授
京都大学文学部哲学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼メーカー、英ハル大学客員研究員、文教大学などを経て、2001 年度より早稲田大学教授(現職)。
早稲田大学IT 戦略研究所所長(現職)。経営情報学会会長、国際CIO学会副会長、組織学会理事・評議員、Systems Research誌Editorial Board、Systems Practice誌International adviserなどを歴任。他に、エグゼクティブ・リーダーズフォーラム代表幹事、CRM協議会副理事長、経済産業省IT経営協議会委員、IT Japan Award審査員などとして実業界にも積極的に関わっている。経営情報学会論文賞を3回受賞している。

まずは「DX」、つまりデジタル化の基本構造についてです。
昨今いろいろDXと言われていますが、「製品サービスのデジタル化」と、その背後にある「プロセスのデジタル化」の概念を分けて考える必要があります。

例えばセブンイレブンさんは、長らく「プロセスのデジタル化」に取り組んでこられました。1978年に電子発注を始められて、その後POSレジなど最適化された端末が増えてきました。売上は「もの」の販売ですが、バックヤードは大きくデジタル化されていると捉えることができるわけです。
実際、RPAやAIに代表されるように、多くの会社で「プロセスのデジタル化」ということが現在積極的に取り組まれています。一方、「製品サービスのデジタル化」は、産業によってその脅威が異なります。例えばコモディティ商品を扱うコンビニエンスストアは、決済や店舗に来なくても購入できる仕組みなど「プロセスのデジタル化」は進む一方、新聞や広告産業に比べると、「製品サービスのデジタル化」は相対的には切迫していない状況にあります。

その切迫度には差がありながらも、既存企業の多くはある程度デジタル化の必要性に迫られています。ここで問題になるのは、既存企業の変革には常に「制約」が伴うということです。

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自覚だけでは足りない。マインドセット、意思決定、組織を見直す

コダックが破綻したのは2012年です。世界を制覇したような会社でも、デジタル化によって一瞬にして崩壊するということを多くの経営者が自覚しました。しかし、デジタルディスラプションが怖いという自覚がありながら、それでも既存企業の対応が遅れがちだという事実があります。結局、自覚だけでは問題は解決できない。既存企業には客観的な制約や矛盾構造があるんだと思うんです。

たとえば、戦略の設定においては、既存商品とバッティングする・矛盾する製品は売りにくいなど、製品市場の「戦略矛盾・共食い」問題があります。新聞社ならデジタル版を積極的に進めると紙媒体が売りにくいといった具合です。もうひとつは、デジタル化を進めようと思うと、「経営資源の余剰と不足」が同時に起こるという問題がおきます。「不足」は外部企業とアライアンスを組んで確保するなど方策がありますが、特に人材において「余剰」が生じるという問題は大きな制約となります。意思決定者のみなさんはこうした制約の中で意思決定をされているのだと思うわけです。

戦略に制約があるということを自覚すれば問題は解決するのかというと、それでもまだ解決しません。大きな組織には、「組織が重い」という問題があります。分業制というのは官僚的組織を生まざるを得ないんです。Amazon社のジェフ・ベゾス氏は「初日(Day1)に戻ろう」と言い続けたと言われていますが、経営幹部が官僚制に対して警鐘を鳴らし続けることが重要です。

またさらに深刻な組織の問題があります。成功している組織であればあるほど、組織が既存事業に最適化しているということです。既存事業は意思決定プロセスが確立しています。ところが新事業は意思決定の仕方自体が探索対象。組織の基準と新事業の評価基準の見直しがつきものです。組織というのは既存事業を動かすためにつくった組織ですから、既存事業のために最適化されている。従いまして、これを壊さないと、異物を取り込まないと、デジタル化にうまく対応できないということになります。

一方、デジタルネイティブ企業は、既存のものづくり企業とはマインドセットがもともと異なります。顧客セントリックがより強く、リスクテイクで、実験重視でオープンイノベーション、より迅速で民主的な意思決定をし、個人を重視するという特徴があります。行動様式自体が異なるのだと思います。デジタル化に対応しようと思うと、行動様式自体を取り込まないといけません。ここで重要なのは、通常の大企業が全部こうなればいいということではありません。既存のインフラビジネスは安全や計画重視でやるべきこともあるのだと思います。両方やることが重要です。


デジタル化に必要な「両利きの経営」は、矛盾が生じたときにこそ必要

新規と既存の間で軋轢や摩擦が生じるなか、どうバランス取るかということを、経営者の皆さんは昔から為されてきたのだと思います。しかし、新規と既存の両方をやるという昔ながらの経営を「両利き経営」とするのは広すぎる。そこで、新規と既存の両方を進めていった先に矛盾を抱えた場合にのみ、「両利き経営」をするというのが大事だと思います。市場でぶつかる可能性がある場合や、異なる成功法則を持つ場合、異なる人材・事業パートナーがある場合、異なる組織構造が必要となる場合などに、両方の要素を持つ必要が出てきます。また、年単位で考えればいいことと月単位で考えなくてはならないもの。失敗を恐れちゃいけないといいつつ、既存事業は失敗しないほうがいいのに対して、新規事業は早く失敗して完成に近づけることが大切です。すると評価のあり方も異なっている必要があります。こうした組織経営における矛盾構造を改善することが、両利き経営のもっとも難しいポイントだと思います。

そのためには、「制約を考えてから対応策を考える」のではなく、「対応策を考えてからそれを実行するための条件を考える」方が良いと思います。これが意思決定に関するスタイルについての提案です。
もう一つは組織構造の問題です。業種やその企業の歴史によるのでひとつの解があるわけではありません。いずれにせよ、既存事業と違う組織要素を取り込まなくてはならないということを自覚し、兼務はさせない、既存事業の役員は口出ししない、半分以上のメンバーを外から入れる、社長直轄にするなど、組織設計をしなくてはなりません。

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キーエンスで長年やってきたことが、歴史の浅いSHIFTで実現できていることに驚き

中垣:後半では、2010年まで株式会社キーエンス代表取締役社長を務められ、現在株式会社SHIFTにて取締役副社長を務められている佐々木道夫さんにご登場いただき、「なぜ大企業経営者が今スタートアップに挑戦するのか」お話をお伺いして参ります。

佐々木道夫
明治大学政治経済学部卒業。1982年リード電気株式会社(現:株式会社キーエンス)に入社。1992年にはKS事業部長、1999年には取締役APSULT事業部長を経て2000年には、同社代表取締役社長に就任。在任中は国内外の業績を拡大した。2018年11月よりSHIFTの社外取締役に就任し、2020年11月からは取締役副社長としてSHIFTに参画。

佐々木さん:1982年にキーエンスに入社し、2000〜2010年キーエンスの社長をしておりました。2年半前にSHIFTの社外取締役に就任、昨年11月から取締役副社長として常勤をはじめました。

中垣:佐々木さんが入られた頃のキーエンスはスタートアップのような感じだったかもしれませんが、大企業の社長からまだスタートアップのかおりが残るSHIFTの副社長へ。なぜこのSHIFTのような会社でフルコミットしようと思ったのでしょうか。

佐々木さん:最初に社外取締役のオファーを受けた時はSHIFTのサービスに非常に感心しました。SHIFTは、品質保証、開発のバグ出しやテスト、品質のレベルアップを中心にしている会社です。設立は2005年、一昨年東証一部に上場し、昨今は事業に関連する技術力ある会社を買収していたりもします。

キーエンス時代は開発案件を見ていましたが、会社規模が小さい時はほとんどハード勝負でした。ところが、いいものを提供して結果を出してきたところ、ソフトの重要性が年々増してきました。開発期間がずれるのも、目標とする付加価値が出せないのも、ソフトの部分が影響していることが多くあったのです。特に、納期遅延の要因になるのがテストでした。ところが、テストというのは外部の人を入れると時間もコストがかかるんです。
だからこそ、SHIFTは素晴らしい着眼点だなと思いました。単にテストだけでなく、サービスとして最初から入って、全体の品質が上がるようなコンサルティングをやっていることも、大変素晴らしい。社長である丹下の創業にあたっての情熱や描いてきたものにも、非常に感銘を受けました。やろうとしていることや考え方、スピードや成果主義、社員の待遇をあげることなど、キーエンスで長年やってきたことが、歴史の浅いSHIFTでやれれていることを聞いてびっくりしました。

はじめは社外役員として関わりを持ち始めました。しかし次第に、もっと深く入って見たいと思うようになりました。その理由は、2025年までに売上高1000億円規模を目指そうというフェーズにいることでした。キーエンスに入社時は売上規模16億程度、退職するときは3000億だったんですが、一番印象に残っていて一番やりがいを感じたのが、300億から1000億へ拡大していくタイミングだったんです。様々な仕組みをつくり、ターゲットを広げ、海外のシェアをあげる、それが非常に大きなフレームになっているという印象が残っていました。SHIFTもまさに今、この300億から1000億にという大事な帯を通過していく時であり、なにかお役に立ちたいなと、お請けすることになりました。

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右:SHIFT 取締副社長 佐々木道夫氏
左:DNX Ventures Partners&CPO 中垣徹二郎


事業会社におけるDXの肝は、適時適材適所で任せていくこと

中垣:大企業のご経験者としてスタートアップとの付き合い方についてアドバイスをお願いします。

佐々木さん:何かを始める時は、できるところから始めなくてはなりません。
また、DXにおいて、トップの人がすべてを把握するということは難しいので、「適時適材適所」が非常に重要だと思います。今やるべきことは何か、何から始めたらいいか。エンジニア不足の中で、自分の会社のコアな人材は付加価値の高いところに集中させ、外注できるところはパートナーシップでどんどん外に仕事を出していく。こうしてエンジニア不足が解消され、商品サービスが前に出ていくきっかけになるのではないかなと思います。

これを実現するには、組織の上の人に「これだったら大丈夫」「こういうサービスがあるのか」「外に出すメリットがある」というところを一度見て体感してもらうことも重要です。
キーエンス時代、自前主義に近かったところから外部委託へ切り替え、専門性の高い外部を活用することで、技術レベルもスピードも高まるということを経験したことがあります。各部署から上がってくる話を聞いているだけだと、「リスクがあるのでは」と心配に思うんですが、自分が直接会って話を聞いてみると、「しっかりしているな」「任せたほうがいい」と考えが変わっていく。自分が直接、概略を確認することも大事だなと思います。


当たり前のことを当たり前に。企業文化を大切にするキーエンスの強さ

根来さん:B2Bソリューションの大成功企業として、キーエンスにはとても注目しておりました。問題解決志向で、ファブレスにも関わらず製品に特徴がある。他の会社さんはなぜキーエンスのようにならないのか、お考えを伺いたいです。

佐々木さん:本当に「当たり前のことを当たり前にやっている」ということですよね。当たり前のレベルが違うことと当たり前の徹底度が違うこと、そして当たり前のことを共有していいものを必ず通すという企業文化だと思います。当たり前に、お客さんとの約束をキッチリ守る。いいものを提供するために業界ごとに徹底的に勉強する。販売促進は、そこに提供する最適なツールをたくさんつくる。そういうことからお客さんの信頼を得ます。他にない付加価値の高い商品を作ることに対する情熱は非常に高く、普通の商品は承認しない。「よくぞ作ってくれた」というお客さんのびっくりする顔を浮かべて、企画も開発も日々努力するという文化にこだわってきました。これがお客さんの信頼を得た理由ではないかと思います。

根来さん:会社の規模が小さい時の情熱を、大きい会社になっても忘れない、なくさないことが重要だと思います。

佐々木さん:そうですね、私も非常にその点を痛感しておりました。組織が大きくなりますと、言い方悪いかもしれませんが、どうしてもぶら下がる人も出てきますので、ある一定内の、事業に合う規模にしておく。一つの組織を150人以上にしないというアメリカの会社も聞いたことがありますが、みんなに目標を共有しておかないと、いい商品もサービスもできないと思いますね。


いかがでしたでしょうか。DNX Venturesでは、ご出資頂いたパートナー企業の皆様向けに、様々なイベント開催や、各社のオープンイノベーションへの伴走に取り組んでおります。ぜひWebsiteも合わせてご覧ください。


(聞き手・中垣徹二郎 / 文・上野なつみ)

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