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SaaS起業家限定イベント「SaaS部 2019 Autumn」レポート

2019年9月下旬、弊社の投資先およびSaaS領域で起業した起業家を対象に、DNX主催のイベント「SaaS部 2019 Autumn」を開催しました。イベントでは、SaaS/クラウド領域で数多くの投資実績をもつDNX Ventures Managing Directorの倉林陽が登壇、ゲストにはBox Japanの執行役員佐藤範之さん、営業の綾小路雅典さん、Slack Japanカントリーマネージャーの佐々木聖治さん、そして投資先であるフロムスクラッチの代表安部社長をお招きし、盛りだくさんのSaaS勉強会となりました。

今回も、募集開始当初から多数のご応募を頂き、最終的には定員の倍近くの方からご応募を頂きました。ご応募頂きながらご来場いただけなかったみなさんにも、是非このイベントの内容をシェアできればと思います。本記事では、イベントの前半のテーマ「SaaS企業の資金調達」についてご紹介します。

まずは倉林から米国と日本国内のSaaS企業のバリュエーションについてセッションを実施しました。

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目次
1. 米国のSaaS企業バリュエーション
2. 創業者/起業家の持分
3. 日本のSaaS企業バリュエーション
4. フロムスクラッチ代表 安部泰洋に聞く「100億円調達の舞台裏」


①米国のSaaS企業バリュエーション

まずは米国のSaaS企業のCompsを見ていきましょう。
はじめに注目すべきはsalesforce.comです。Revenueが1兆円を超える規模でありながら、Revenue Growthが23.2%、Natural Growthだけでも20%以上あります。この成長率は凄まじいなと思います。これだけの売上規模の会社がこの高い成長率を維持しているとなると、当然バリュエーションも高くつく。SaaSというのはこの”Growth”というのが大事です。

続いて注目して欲しいのは“PER”の指標です。是非覚えておいてください。日本のSaaS上場企業はPERが高いとよく言われてしまうんですが、実はアメリカの方が圧倒的に高いんですよね。アメリカではPERでなく、Revenue Growthが重要な指標となっているということがわかります。

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Revenue multipleについて、Revenue Growth Rate、Rule of 40、NRRの3つの指標との相関をそれぞれ見てみましょう。これらのスライドはRevenue multipleとの相関を見ることができるグラフですが、結論から言うと今回取り上げた企業に関しては、Revenue Growth RateがRevenue multipleとの相関が高いということがわかります。

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Rule of 40との相関を見ると、AnaplanはFCFマージンが低いものの、Revenue Growth Rateが高いのでRevenue Multipleが高いように見えますね。VeevaはMR向けのSaaSをForce.com platform上に作っている会社です。ニッチな市場向けのSaaSですが、7億円しか調達していないにも関わらず、現2兆円くらいのバリュエーション、凄まじいですね。こちらはAnaplanと反対で、FCFマージンの高さがValuationの高さに貢献していると言えると思います。Emergence Capitalが投資しているんですが、おそるべき資本効率です。

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さて、最後はNRRとの相関を見たいと思います。先ほどRule of 40との相関で見たときにも抜きん出ていたVeevaは、こちらで見ても突出しています。Customer Successがすごく良くできているということですね。また、このグラフからは、マーケティングやBI系の企業がいずれもNRR100%をきっていて、IDの追加によるアップセルが難しいSaaSはNRRが高まりきらないという業界特性と読み取れるかもしれません。


②創業者/起業家の持分

起業家の皆さんがバリュエーションを設定するときに気になるのは、持分ですよね。資金調達をするときに、「俺の持分削られすぎじゃないか」とよく思われたこともあるかと思います。
SaaStrの創業者であるJason Lemkinがツイッターで投稿をしていた面白いデータがあるので見てみましょう。

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米国SaaS上場企業の調達額の平均値は350億、中央値は200億となっています。これだけ調達するわけですから、上場時のFounderの持分を見てみると15%くらいが平均値になっています。みなさんもこの辺りの数字をベンチマークにするのが良いのではないかと思います。加えて、FounderであるCEOとCOOの配分なども参考になると思います。平均を見るとCEOとCOOが2:1ですね。

ここで是非お伝えしたいのは、ダイリューションを恐れずにファイナンスをしたほうがいいということですね。大きなSaaS企業を作るには、一定程度大きな増資が必要ということかと思います。ポジショントークみたいですけど(笑)。

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③日本のSaaS企業バリュエーション

さて、続いては日本のSaaS企業のバリュエーションについて見ていきたいと思います。
SaaS企業としては、インフォマート、Sansan、ラクスル、弁護士ドットコム、マネーフォワード、ユーザーベース、サイボウズ、カオナビ、チームスピリットあたりのCompsが参考になるかなと思います。弁護士ドットコムやユーザベース、マネーフォワード等、SaaS事業以外も展開している企業を含めて議論して良いのかという指摘もあるかもしれませんが、ここでは一旦組み入れて分析します。
お伝えした通り、日本のSaaS企業のPERについては、先ほどのアメリカに比べると小さい数値になっています。日本の場合はグロースレートやNRRより、利益を重視する投資家が多いですから税後利益を出すと時価総額が高まる傾向があるので、企業側も利益率を意識しながら経営しているところもあろうかと思います。また、Gross Marginsの計算に関連する部分として、開発費用をどの費用項目に計上するかは、監査法人や会計士によって見解の別れるところなので、IR上高く見せたい場合は気をつけた方が良いポイントかと思います。

続いて米国と同じようにRevenue Growth Rate、Rule of 40との相関から、Revenue multipleについて見ていきたいと思います。

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まずRevenue Growth Rateとの相関を見ると、インフォマートがGrowth Rateが一番低いにも関わらず、Revenue Multipleが最も高いと言う点が目につきます。米国の基準が日本の株式市場ではあまり当てはまらないという事を示す事例です。

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Rule of 40との相関で見た方がインフォマートの高いMultipleは説明できそうです。Revenue Growth Rateは低いものの、FCFマージンが高いので、高く評価されていると言うことができるでしょう。

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最後に、日米の上場企業のARRとGrowth Rateをプロットしてみます。右側の企業は日本企業ですが、ARRが小さいわけですからGrowth Rateは右側ほど高くなければならないはずですが、赤の円で囲った企業については、売上高が100億未満であるにも関わらず、Growth Rateが25%を下回っています。SaaS部2019 Springで紹介しましたが、Scale Venture PartnersのRory O’Driscollが指摘する指標、”SaaS Mendoza Line”によれば、米国では上場しようとするとARR100億の際にForwarding Revenue Growth Rateが25%必要ですので、日本で上場できているとは言え、Global基準で言えばもっと高いGrowth Rateが必要と言えるかと思います。なお、繰り返しになりますが、これら日本企業は元々オンプレのソフトウェア会社だったり、SaaS以外のサービスも展開していたりしますので、Apple to Appleの比較ではない事をお伝えしておきます。
仮にARR100億時のForwarding Growth Rate 25%を目指すとした場合、それ以前のARRがまだ小さい段階ではより高いGrowth Rateを維持したいところですよね。ARRが小さい時期こそ、Growth Rateについては意識しておいたほうがいいと思います。

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ただし、グローバルの指標とは乖離しているのですが、日本の場合はRevenue Growth Rateが落ちてしまったとしても、インフォマートやラクスのように黒字であればバリュエーションがつく。SaaS企業であっても日本の株式市場で高い時価総額をつける手段としては、黒字化も手段の1つであり、それが日本の株式市場の特殊性とも言えると解釈しています。


④フロムスクラッチ代表 安部泰洋に聞く「100億円調達の舞台裏」

——さて、ここからはフロムスクラッチ安部社長にご登場頂きましょう。さて、今回シリーズDラウンドではグローバル最大手PEファンドであるKKRさんがリードになってくれました。KKRの谷田川さんとはどのようなコミュニケーションから話が進んだのでしょうか。

そもそもシリーズDの資金調達を実施しようと考え始めたのは1年くらい前(2018年秋)でした。背景としては、2018年2月からおぎやはぎを起用したタクシー広告を実施し、結果的に半年でかなり成果が上がってきたことを踏まえ、そこで得た数字からマーケティング、セールスの数字モデルの方程式がかなり強固になりました。そこで、一気にマーケティングを含めブーストさせる、という意思決定をしました。

2019年の年明けから新規投資家を回り始めたんですが、KKRは楽天ベンチャーズで弊社を担当して頂いているDohさんからご紹介頂きました。正直はじめは、KKRがうちに投資頂けるとは思っていなかったんですが、1ヶ月後くらいに、「アジアファンドからの投資を前向きに検討できる」と連絡を頂き、最終的にはリードインベスターとして、40億円投資頂くことが決定しました。アジアファンドからの出資ではありますが、米国本国TMTのプロダクトへの評価が高かったことが投資の大きな理由だったそうです。

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——今回何社くらいのVCに会いましたか?

このラウンドだけでVC、事業会社含めて25社くらい方々にお声がけ頂いたと思います。よく資金調達を考えられていらっしゃる方に、「良いVCとそうでないVCとの違いは?」と聞かれますが、日本と米国で違うと思っています。そもそもUSのトップインベスターの7割くらいは元起業家で、事業や経営におけるスペシャリティが非常に高いことが特徴です。それに対し、日本のVCの方のほとんどが、戦略コンサルか投資銀行出身の方です。それ自体が問題であると言う話ではなく、アメリカのVSと比較すると事業のディティールを含めたアドバイスができる方は少ないように感じます。
倉林さんはSaaSというバーティカルな部分に専門性をもたれているので、日本において非常に珍しい投資家ですよね。

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今回の資金調達で高く評価されたポイントは?

一番わかりやすいのはどれだけグロースしているか、ということかと思います。未上場でMRR 1億円を超えているSaaS企業は、多分日本では5社くらいしかないはずです。一番大きいのはfreeeさん。うちは3〜4番目くらいの数字だったと思います。
そのような中、投資家からは、Enterprise SaaSでこの短期間に、これだけ数字を伸ばしているというパフォーマンスを評価して頂いたのがひとつです。プロダクトに関していうと、b→dashのコア技術である“Data Palette”を高く評価を頂きました。過去5年間に自社でプロダクトを納品してきた中で創ってきた13万テーブルのデータに機械学習を噛ませながら、裏側でSQLを走らせることにより、業種別に大量のデータ構造をパターン化することに成功しました。“Data Palette”はデータをGUI上で直感的、かつ自由に加工でき、裏側ではそのデータ整形に最適なパターンを選択し、それが自動的に処理されます。

これにより、データを活用したい企業が、高い費用を支払ってSIerにデータの加工を依頼しなくても、自社エンジニアの工数を使わずとも、誰でもエクセルを使うように簡単にデータを扱うことができます。どの企業でも、データ活用する上で、データ加工の工程がボトルネックになっていたので、今回のこの技術は高くご評価頂きました。

——チームは?

チームもとても高く評価して頂きました。我々は組織の文化として属人性を排除するアプローチをしています。セールスやマーケ、CSは、カリキュラムがあり、2〜3ヶ月で取り組み、それをモニタリングし、KPIを設定するモデルを創っていることも非常に高く評価頂きました

——MRR 1億円まで、どんな力点を置いて成長させてきたのでしょうか。

偉そうなことは言えないので、あくまで自分たちがやってきたことをお話させて頂きますが、良くも悪くも、USのSaaSの方程式をうちは参考程度にしか見ていません。USとはマーケットサイズも商慣習も、市場のペインも違うので、高単価or低単価サービスか、スモールB orエンタープライズか等の条件によってKPIも違って然るべきです。なので、我々は自社サービスに合った方程式を創らなくてはいけないと前提を置いています。

——こういう開発が重要なプロダクトは、その開発資金をまかなえるかというところが重要ですよね。

そうですね、うちは開発費がとてもかかり、これまでに何十億という開発費用をかけています。開発に時間とコストがかかる分、始めはとにかくある一定の数字を作ることが必要でしたね。

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当日は他にも様々な切り口でお話をお伺いしました。一部は、以前公開しましたインタビュー記事のお話と重なる部分もありました。ぜひ、下記の記事でたっぷりご覧ください。
>>「SaaS経営者×投資家対談④|フロムスクラッチ安部泰洋氏×DNX倉林陽」


実はこちらで紹介したのは、イベントの前半半分だけ。後半では、Box Japanの執行役員佐藤範之さん、営業の綾小路雅典さん、Slack Japanカントリーマネージャーの佐々木聖治さんにもたっぷりSaaSについてお話をお伺いしました。

今回も、非常に盛り上がったSaaS部。また、来年春開催を目指して企画していきたいと思います。今回参加できなかったみなさん、ぜひ次回足を伸ばしていただければ嬉しいです。



文・上野なつみ 監修・倉林陽

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