見出し画像

部下に後ろから刺される

以前、ある特定の国の政治問題に触れると火を噴く、と書きました。

今回、私が実際に体験した災難をお話しします。
外国人と働く日本人には、ぜひ知っておいてもらいたい話です。

ある日突然、取り調べが始まった

私がスイスの会社で働いていた、2016年の年が明けて間もない頃のこと。
上司のルカ(イタリア系スイス人)から、「2016年の業務目標」と題されたミーティングリクエストがメールされました。

私はすぐにアクセプトして、何を話そうかなあと考えました。
指定された時間にルカの個室を訪れると、そこにはルカとともに意外な人物が腰掛けていました。
ベアトリクス・・・? HR(人事部)の VP(部長格)です。
もちろん、嫌な予感しかしません。

ルカ「騙すようなメールを送って悪かった。ベアトリクスがお前に訊きたいことがあるそうだ」

ベアトリクス「ハロー。お元気?」
私「私は元気です。ありがとう。あなたは?」
ベアトリクス「私も元気です。ありがとう」

って NEW HORIZONかっ!
あたしが Ken で、あんたは Mrs. Smith か? いつの中一英語だよ!

ベアトリクス「リラックスしてくださいね」

この状況でリラックスできるキャラは、リラックマくらいやっちゅーの。

リラックマ

ベアトリクス「最近、同僚と何か問題などはありましたか?」

まったく心当たりがない。
だいたい、3週間の Home Leave からスイスに戻ってきたばかりですよ。

ベアトリクス「『???』について同僚と議論したことは?」

『???』の部分は、聞いたこともない英単語でした。

私「すみません。その言葉の意味がわかりません」
ベアトリクス「じつは私たちもよくわからないんだけど(苦笑)」

おいおい、何の話をしているんだ?

ベアトリクス「例えばヨーロッパでは、ナチスのやったことを作り話だと言うのはタブーです。『Nanjing Massacre』もそのようなものみたいですね」

ナチス・・・
Nanjing Massacre・・・

南京大虐殺か!

ベアトリクス「あなたが『南京大虐殺など作り話だ』と発言した、とあなたの部下の一人が通報してきました。名前は言えませんが」

名前なんか言わなくていいよ。
そんなことをやりそうな奴は一人しかいない。中国人のチェンだ。

もうね、大笑いするしかないでしょう。

徐々に、敵の狙いが見えてくる

私「まったく心当たりがありません。その英単語も初めて聞く言葉です」

嘘ではありません。
もちろん、南京大虐殺については知っているし、その歴史的、政治的な意味合いも理解しています。しかし、いやだからこそ、それを中国人と議論するほど私は酔狂ではありません。

私「その部下の一人とは、チェンのことですね?」
ベアトリクス「その質問には答えられません。ただ、参考のため訊きますが、最近チェンと会話しましたか?」
私「先月、評価面談で 2015年の評価をフィードバックしました」
ベアトリクス「うまくいきましたか?」
私「彼は S評価を主張しましたが、私は A評価を与えました」

ベアトリクスはルカのほうに顔を向けました。
ルカ「A か B が妥当だろうな」

チェンは中国生まれ UK育ちで、UKパスポートを持っている中国人です。
仕事のパフォーマンスはごく普通でした。
A評価というのは、いわゆる「優」(80点~)です。
S評価はその上(90点~)で、滅多なことでは与えられません。

チェンは、自己評価が異常に高いタイプの男でした。
私は、A は甘すぎるかな、と思っていたところ、彼が S を主張してきたので、失笑を禁じえませんでした。
その軽蔑の念が態度に出てしまい、彼の癇に障ったのかもしれません。

S を主張してくる身のほど知らずに、わかりました S ですね、っていちいち与えてたら、上司なんかやってられっか!
その意味不明の自信過剰に、いっそ B にしてやろうかと思ったくらいです。
(ワンポイントアドバイス: 上司は自己評価が無意味に高い部下が大嫌い)

百戦錬磨の人事部長を相手に、私は小細工を弄する気など微塵もありません。
正直を貫き、質問されたことに淡々と答えるスタンスです。

ベアトリクス「もう一度訊きますが、『Nanjing Massacre』について発言をしたことはないのですね?」
私「ないです。知らない言葉について発言しようがありません」

チェンが南京大虐殺という禁断の中華キャノンをぶっ放してきた悪辣さに、私は気を失いかけていましたが、なんとか冷静な対処に努めました。

ベアトリクスは困った表情で「なんでそんな通報を・・・」と、ルカと顔を見合わせています。

ベアトリクス「同僚と政治的な話題について話したことはありますか?」
私「そんなのしょっちゅうしてますよ(笑)」

ヨーロッパ人は政治の話が大好きなのです。

ベアトリクス「例えばですが・・・チェンとも政治的な話題を?」

うーむ。それはどうだったかな。
記憶を辿りながら、ひとつの出来事に思い当たりました。

私「去年の夏、ミラノ出張中のディナーで、アジア外交の話題になったことがあったような」
ルカ「ああ、それは俺も憶えているよ。ミラノには同行したからね」
私「イタリア人たちと第二次世界大戦の話で盛り上がって、日本にはいまだに米軍が駐留してるのか?って訊かれて」
ルカ「そうそう。で、日本の仮想敵国ってどこなの?って訊かれて、ロシアと北朝鮮と・・・」
私「中国だって言った」
ルカ「言ったな」
私「あのディナーのテーブルにチェンもいました」
ルカ「いたな・・・」
ベアトリクス「ルカ。あなたもその場にいたのですね?」

ルカは子供のように舌を出して目をそらしました。

日本人が口にしてはならない話題

ベアトリクス「そのとき、チェンはどうでしたか?」
私「とくに反応はありませんでした。その話はそこで終わりましたし」
ベアトリクス「それでも、日本が中国に軍事的脅威を感じているような発言がおもしろくなかったのかもしれませんね」

中国人は、ヨーロッパに住んでいても洗脳されているということです。
中国は素晴らしい国家で、中国共産党は人権を尊重し、近隣諸国との平和維持に努めている、と本気で信じているのでしょう。
かわいそうな人たちではあります。

それにしても、南京大虐殺を持ち出すのは作為と悪意が過ぎます。
さっきは思わず大笑いしたけれど、笑い事で済む話ではありません。
破廉恥極まりない。あざとすぎて吐き気がする。

チェンはドイツにも住んでいたから、ヨーロッパにおけるナチスの意味合いを熟知したうえで、それと同類の南京大虐殺を利用したのでしょう。
そこには、私を永久に葬り去ろうとする明確な意図が読み取れます。
以上のようなことは、話がややこしくなるだけなので、ベアトリクスらには話していませんが。

ベアトリクス「本件は、まだコンプライアンス部には話していません」
私「話したらどうなりますか?」
ベアトリクス「”捜査” (investigation) が始まるでしょうね」
私「investigation・・・」
ベアトリクス「部内の全員が取り調べを受けます。その結果、通報が虚偽だったと判断された場合、通報者が懲戒処分になります。捜査、やりたいですか?」
私「やめときましょう。誰もハッピーになりません」

ベアトリクスは、初めてニコッと笑って、"I agree" と言いました。

ルカ「チーム替えしよう。チェンとジルをスワップする。ジルはフィリピン人だけど・・・何か問題あるか?」
私「フィリピーナとは超仲良しだよ、ルカ」