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不正の温床?日本の「経費カルチャー」の功罪【亀っちの部屋 鉄の掟編 2/2】

「NewsPicks」2023年11月3日掲載

※音声版は「亀っちの部屋ラジオ」でお聞きいただけます。配信先は SpotifyApple PodcastVoicyです。


給料と権限のバランスがポイント

野村 では後編は、会社のお金に手をつけるなどの不正がなぜ起きてしまうのか、構造面に着目して伺っていきます。

亀山 単純な話、権力と給料のバランスが取れてないってことなんだよね。

野村 権力と給料ですか。

亀山 たとえば、10億円分の決裁をできる人間の年収が、1000万円だったとしよう。

 決裁というのは、何を仕入れるか、どこと契約するかを自分の判断で決められるということ。勤め人はA社と契約しようがB社と契約しようが、給料はほとんど変わらないよね。

 一方で取引先から見れば、接待をしようが賄賂を渡そうが、10億円の仕事は欲しい。

野村 受注する側からすると、10億円の発注を受けられるなら、言葉は悪いですが、そのうち1000万円をバックするくらい“広告宣伝費”みたいなものでしょうからね。

亀山 これが公務員だったら、民間以上に給料が横並びなうえに、都市計画とかで100億円以上の決裁をする機会もあるだろうね。だから公務員はそのへんが厳しくて、贈収賄があるとすぐに刑事事件になるよね。

野村 なるほど。

亀山 俺みたいなオーナー企業の社長だと、接待や付け届けを受けることはあまりないわけよ。

 たとえば、俺が1000万円分の接待を受けたとしよう。仮に「お礼に1000万円分の仕事を出そう」くらいは思ったとしても、他の業者なら9億でできる仕事を、わざわざ10億で発注しようとは思わないじゃない。

野村 財布が同じだから、10億で発注する意味がないですよね。

亀山 オーナーは会社と自分が一体化してるからね。でもこれが勤め人だったら、どこに発注しようが給料は変わらないんだから、キックバックの魅力は大きいよね。仮に1000万円もらえたら、給料が倍になるんだから。

 だから賄賂や接待というのは、発注する側が大企業の担当者で、受注する側が中小のオーナー企業である場合に起こりやすいんだ。

野村 ああ、たしかに。

亀山 給料がそんなに高くないのに権限をやたらと持っていることが、一番の原因かな。

 どうしてもそういう人たちは「大企業の〇〇さん」とおだてられて、自分がちょっと偉くなったような気持ちになるんだよね。最初は小さな接待から始まって、だんだんエスカレートして自分の給料だけじゃ無理なことまでしてもらうと、断れなくなっていくんだ。

日本企業は、給料より待遇重視?

野村 これは、起きやすい業種というのはあるんでしょうか。

亀山 さっきの構造に当てはまっていれば、どの業種でもあり得るんじゃないかな。まあ、給料と権力のずれが起こりやすい業界というのはあるだろうけど。

 それよりも俺は、日本のカルチャーの影響もあるんじゃないかと思ってる。

 日産の(カルロス・)ゴーン元会長のときも問題になったじゃない、私的なマンションを会社のお金で、とか。

野村 自分の結婚式の費用まで会社が一部負担したんじゃないか、みたいな話もありましたね。

亀山 よく言われることだけど、日本の企業は社長にあまり高額な給料を出さないよね。どんなに良くてもせいぜい1億円までかな。

 でもそのぶん、社用車や会社のマンション、交際費、飛行機に乗るときはファーストクラスとか、そういった権限がすごく大きいわけ。

野村 保養所とか別荘とかですよね。

亀山 『島耕作』シリーズを読むとわかるんだけど、漫画の中で、すごく良識的で真面目な社長でも「島くん、このマンションは会社のものだから自由に使いたまえ」とか自然に言ってるわけよ。

 ある意味、これが日本の企業文化なんだよね。

野村 なるほど。金銭的な報酬というよりも、現物支給の部分が大きいんですね。

亀山 大企業を引退した人が、どこかの会社の社外取締役になったりすることがあるよね。

 受け入れ側の会社の人に「やっぱり給料は高いの?」と聞いたことがあるけど、給料はそんなにいらないんだって。むしろ「どれくらい経費が使えるか」を問われることが多いって。

 要は、会社としての経費枠がほしいんだよね。

野村 はぁ~。そういうことですか。

亀山 俺だったら単純に、給料をたくさんもらって自分の金で好きなことをするほうが気楽だけど、それが日本企業のカルチャーなんだろうね。

 「いつかは年収〇〇万にするぞ」よりも、「俺もいつかはファーストクラスに乗れる役職になるぞ」なわけよ。

DMM流・不正を防ぐためのルール

野村 権力と給料のバランスが取れていないということは、給料を上げない限り、不正が起きやすい構造は変えられないということでしょうか?

亀山 バランスを完全に取ることは難しいだろうけど、たとえばDMMでは「役職が上だったらファーストクラスに乗れる」みたいなことはないんだよね。乗りたかったら自分で差額を負担してねって感じ。

 そのぶん給料の幅は広くて、極端にいえば上と下では100倍以上の差があったりする。

野村 なるほど。

亀山 それに交際費にしても、うちは基本的に「接待はされるな」と掲げてる。最悪でも割り勘にするとか、その場の状況でどうしても断れない場合は上司に届けさせている。帰りに「お車代です」と1万円を渡されたら、それは会社に納めるようにしている。

 まあ手土産のお菓子くらいなら、上長に報告したうえでみんなに配ったりするけど、とにかく過剰なものはだめ。

 取引先との契約書にも「過剰な接待がある場合には取引を停止します」という文言を入れたりしてるよ。

野村 そうなんですか。

亀山 つまり、業者に対しても「うちの社員をそそのかすんじゃないよ」ってけん制してるわけよ。いくら「悪いことをしたらクビにすればいい」と言ったって、悪いことをしてほしくないし、クビにしたくないからね。

野村 起きないことが一番ですよね。

亀山 もちろん、一緒にやってきたメンバーだから情があるというのもあるし、不正金額そのものは大したことなくても、辞めさせるほうが痛いわけ。前回話したように、実力がある社員であるケースも少なくないし。

野村 それでも「不正をしたら辞めてもらう」というルールにしているのは、試行錯誤の結果なんですか?

亀山 試行錯誤というか、どこまで先を見るかじゃないかな。目先のことだけ考えるなら、辞めさせると明らかに損な人はいっぱいいる。へたをすると、会社自体が傾くかもしれない。

 それでも、残ったメンバーでなんとかするしかないんだよね。やっぱり「こいつ、またやるかもしれない」と信用せずに任せるのは、経営をしていても楽しくないよね。損得勘定よりも、そっちのほうが大きいかな。

野村 ああ、そうですね。疑心暗鬼になりながら仕事を任せるのは、モチベーションが上がらないですよね。

資本主義の中で倫理を貫けるか

亀山 ただ、これを資本主義で見ると、実際の世間はどうなっているのか?

 たとえば、投資家に毎年10億円を儲けさせる実力があるけど、1億円の不正をしている人間がいたとする。

 投資家としては「こいつ悪いやつだな」とわかっていたとしても毎年10億のリターンをくれるから、真面目にやって1億のリターンも出せない会社よりは、10億のほうに投資したいよね。

野村 残念ながら、そちらのほうが利回りはいいですもんね。

亀山 だから投資家的な考え方をすると、その会社の中身がどんなにぐちゃぐちゃであろうが、悪者だらけであろうが、「リターンが返ってくる方を選びます」ってなるじゃない。

 俺は経営者として、「不正をしたら辞めてもらう」と言ってるけど、投資家の理屈もわかるんだよ。だから、」俺の言うことが絶対に正しいというより「うちはこういう感じでやっていく」ってところかな。

野村 リターンを出すことを一番に考えるのも、一つのやり方ではあると。

亀山 「気持ちはわかるよ」って感じ。俺は違うと思うけどね。

 たしかに会社は利益を得る場所でもあるけど、一方で教育機関でもあると思うのよ。だから、それはちょっと違うなと。少なくとも、自分の子どもをそこに入れたくないよね。

 まあ、業界によっては、リベートを取るのが当たり前の世界もあるし、DMMアフリカだって、向こうでは関税一つ通すのも賄賂がないとできない、みたいなこともあったわけよ。結局、うちは撤退しちゃったけど。

 だから、理想だけでは言い切れないけど、長い目で社会全体を見たら、クリーンなほうを目指したほうがいい気がするんだよね。

「弱さ」が人を不正に向かわせる

亀山 うちで過去に起こった不正の例を見ても、別にみんな、俺が憎くて盗んだわけじゃないのよ。目の前の誘惑に勝てなかっただけなの。

 弱いやつが「ごめんなさい」と泣きながら人を殴るって感じだね。

 だから辞めさせはするけど、その後に会ったら、「一杯やろか」と飲みに行くことはたまにあるよ。会社としては戻せないけど、次のところで頑張ってくれていたらいいと思っている。

 まあ結局、みんな強くなろうぜって話だよね。俺だって、人様をどうこう言えるほど立派なわけじゃない。もし会社が倒産したらどこか盗みに入るかもしれないし、「自分は絶対にやりません」なんて言えないよね。

野村 私もその立場になったら、絶対ないとは言い切れないですね……。

亀山 誰でもやるかもしれないからこそ、未然に防ぐためには、まずはトップ自らが社内のルールを守らないといけない。

 でも、ほとんどの個人事業主や中小企業のおやじは、公私混同の塊なわけじゃない。ちょっとでも税金を安くしたいから、プライベートの出費でもなるべく経費にしようとするし。

 自分が公私混同をしておいて、社員に偉そうなことは言えないよね。だから、やはりプライベートで飲んだぶんは、たとえそれがオーナー社長であろうと、ちゃんと分けなきゃいけない。

 俺自身も昔は公私混同だらけだったね。ビデオレンタル店を始めたばかりの頃は、観たい作品を棚から持ってきて見てたよ。でも途中から人が増えてきたから、ちゃんと貸し出し伝票を通して社員割引で観るようにしたんだ。

 そういう姿を従業員に見せておけば、「社長もちゃんとやってるから、俺たちもしなきゃ」ってなるよね。ちゃんと公私を分けて、自分が範を示すことが大事かなと。

 これって、言うのは簡単だけどけっこう難しいのよ。

野村 たしかに。個人のお財布から会社の売り上げに計上したら、税金を取られるだけですもんね。

亀山 やっぱりもったいないじゃない。タクシー代を経費にしないと、35%の税金を取られるのって。それでも、自分と家族だけでやってる間はまだしも、やっぱり社員が増えてきたら分けなきゃいけないよね。

 もちろんこれは、経費以外でも同じだよ。たとえば、部下に私用を頼まない。「〇〇くん、ちょっとタバコ買ってきて」とか「これを自宅まで運んでおいてくれよ」とかね。

 権力を持つと、どうしても公私が入り混じりがちなんだよね。でもそうなると、部下も「社長がやってるなら、いいか」と真似るようになる。権力者というのは責任と権限を引き受ける人のこと。別に人として偉くなったわけじゃないのよ。

野村 身分が上がったわけではない、と。

亀山 そう。だから、一番にやっておくのは職場での公私の区別じゃないかなと。

信頼はお金に代えられない

亀山 不正をすれば多くのものを失う。さっき「次のところで頑張ってくれたらいい」とは言ったけど、現実問題として不正で辞めたら周りの同僚には知られるし、その話が取引先に行くこともあるよね。だから少なくとも、その業界での信用は失ってしまう。

 任されていた仕事を失うのもキツいだろうけど、それ以上に、過去の人間関係や信頼をなくすほうが大きいと思うんだよね。100万や200万のケチな金で、過去を引き換えにできるのかって話よ。

野村 人の信頼は何物にも代えられないですからね。お金で買うこともできませんし。

亀山 だから、そこらへんは日頃からちょっと考えてほしいんだ。

 こういうことは、めったに起きることじゃない。99%以上は普通の日常がある。でもわずか1%にも満たない有事の際に、どう対応するかで、その先が大きく決まったりするからね。

 ビデオレンタル時代、中学生の集団万引きがあってね。学校の先生から「親御さんたちに連絡して来てもらって弁償させます」という話になったことがあった。

 ほとんどの親は子供を叱りながら謝ってくれるんだけど、中には「このビデオ、どうせ中古なんでしょ」と弁償金額を値切ってくる親もいたんだ。

 怒鳴る親の横で、恥ずかしそうにうつむいている子供が可哀想でね。こういうときの親の対応で、子どもの未来が変わると思うんだよね。

野村 その子はこのときの光景を、一生覚えているでしょうね。でも、いざ望ましくない状況に直面すると気が動転して、平時ならしないような行動をしてしまうこともあるかもしれません。地が出るというか。

亀山 そうだね、地が出る。だから普段から、自分の地はどうあるべきか、子どもや社員、自分にとって何が大事なのか、ちょっと考えておいたほうがいいかもしれないね。

 俺は損得勘定が得意だけど、やっぱり自分の精神的な幸せも含めて考えたら、損得ばかりを考えて「誰も信用しない会社になりました」となるのは、嫌だなと思うから。

 だから、やる側にせよ管理する側にせよ、日ごろから自分を俯瞰で見る訓練をしておけば、何かあったときに判断を間違わないんじゃないかな。

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