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昔話『浦島太郎』から書き手が得るべき教訓とは?

『浦島太郎』って昔話、あるでしょう? 日本人なら、誰もがあらすじを知っていると思います。

🐢主人公は漁師の浦島太郎
🐢ある日、浜辺でいじめられていた亀を助ける
🐢亀はお礼に太郎を竜宮城に招待
🐢竜宮城に着くと、乙姫がもてなしてくれた
🐢しばらくして両親が心配になった太郎は帰郷を申し出る
🐢乙姫は太郎に玉手箱を授ける
🐢その際に「絶対に開けるな」と念押し
🐢戻った先は数百年後の未来だった
🐢失意の太郎は玉手箱を開け、老人になった

……うん、なんでこうなった?

メチャクチャ違和感がありませんか。不思議すぎる。

昔話ってなんらかの教訓や戒めがあるものですよね。

この場合、楽しさのあまり、時を忘れて竜宮城に長期滞在してしまったことでしょうか。それとも、乙姫との約束を破って玉手箱を開けてしまったことでしょうか。

でも、よかれと思って亀を助けて、好意に甘えて竜宮城にいただけなのに、その結果が強制タイムスリップと老人化。しかも、竜宮城サイドからはなんの説明もなし。

ペナルティ、重すぎません? これこそ、ぼったくりの最上級。

僕はね、思うんですよ。浦島太郎から得る教訓は、別のところにあると。そして、それは書き手にとってとても大事なことだと。

一体、どんな教訓かというと……、

「疑問力を持て」

想像してみてください。あなたがもし、竜宮城で「絶対に開けるな」と得体の知れない箱を渡されたら、どうですか?

まず疑問に思うのではないでしょうか。

どうして開けてはならないのか。
中身はなんなのか。
開けたらどうなるのか。
開けてはいけないのに、渡すのはなぜか。
開いてしまった場合はどう対処するのか。

などなど。乙姫の回答によっては、さらに疑問が浮かぶかもしれません。

この疑問に思う力=疑問力は、書き手にとって不可欠なものなんです。疑問力とはつまり、人物や物事の本質に迫るためのスキルなので。

ひとつの出来事に対し、どれだけ疑問を浮かべることができるか。

そして、納得した気になって、思考を止めていないか。

僕の経験上、この疑問力がある人とない人では取材力と構成力に大きな差が出ます。

浦島太郎には、残念ながら備わっていなかった。だからこそ、悲劇の結末を迎えてしまった……。

それでも、ペナルティは重すぎますが。

ちなみに『浦島太郎』の話をすると、こんな疑問を浮かべる方がいるかもしれません。

「あれって昔話風にアレンジされたんでしょ?」

確かにその通り。

古くは8世紀に成立した『万葉集』『丹後国風土記』などに記述が見られ、その後も伝説は書き継がれてきました。中でも、室町時代に書かれた『御伽草子』版は江戸時代まで続くロングセラーに。

現在の形に定まったのは、明治から昭和にかけて。童話作家の巖谷小波さんが書いた『日本昔噺』版を短縮したものが、教科書に採用されたのがきっかけです。

時代によってラストはバラバラ。箱を開けて死んでしまったり、肉体が飛び散ってしまったり。あとは鶴の姿になって、亀の姿になった乙姫と結ばれるというハッピーエンド版もあったようです。

しかし、どれも「箱は開けるな」と言われたあと、強制タイムスリップが待っている点は共通しているわけです。

もし浦島太郎に疑問力があったら、どんな結末になっていたんでしょうねー。

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