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【蜂蜜×麦酒=ハニービール!】クラフトビール醸造家の1週間

ハチミツを使ったクラフトビール「ハニービール」を扱う、日本初の専門工場「HONEYCOMB&HOPWORKS(ハニカム&ホップワークス)」。素材、製法、楽しさにこだわったハニービールの醸造責任者、木下祐斗さんにお話を伺いました。

ー醸造家(ブリュワー)のお仕事は、どんな風に1日を過ごされるんですか?

1日ではなく、曜日ごとにやる業務が決まっているというスタイルなんです。

月火が、雑務・事務作業、税務作業の日。水曜日が丸1日かけてビールを仕込む日です。木曜日は、仕込みの後の清掃がメインで、外部販売も行っているため、その出荷準備や時間があれば自分で配送も行っています。

金土日は、ここがバーとしてオープンしているのでカウンターに立つ、という基本的には毎日ここに来て何かしらをやっているという1週間です。

HONEYCOMB&HOPWORKS
ブリュワー木下祐斗氏

ー税金まわりのお仕事が大変そうですね。

出荷量に応じた税金の計算や、税務署提出用の書類作成と帳簿の管理とかですね。酒税は毎月納税するんです。麦の含有量や、副原料の使用割合などで税率が変わってくるので、新作を作るたびに、そのレシピや製造方法の資料も用意します。

ービールと発泡酒でも税率は違うんですか?

そうですね。ちょっと細かいんですが、まずビールの製造免許には2種類あります。「ビール製造免許」と「発泡酒製造免許」。ウチは発泡酒です。

発泡酒にも考え方が2つあって、1つが「節税型発泡酒」と呼ばれるタイプ。含まれる麦芽量が増えると酒税も高くなるので、麦芽を減らすことで税金を抑え、販売価格を安く提供できるようにしたものです。

もう1つが「節税型」ではない発泡酒。国が認めた副原料を、使用している麦芽量に対して5%以上使う、もしくは国が定めていない素材を副原料として使うと「発泡酒」の区分になります。

ウチのビールは、麦芽がたっぷりです。しかし、麦芽量に対して蜂蜜を10%以上使っているので、法律上は蜂蜜をたっぷり使った「発泡酒」扱いです。

節税の名目で発泡酒を作る業者さんもいる中、私が作るのは発泡酒でありながら、麦芽もたっぷりなので、税率はビールと同じです。言い方はあれですけど、一番損してます(笑)。

ー醸造の作業日の流れを教えてください。

朝来て熱源の蒸気ボイラーを立ち上げ、最初に「糖化」という作業を進めます。これは麦芽に含まれるでんぷんを糖分に変える工程のことです。粉砕した麦芽を65℃くらいのぬるま湯につけて60分程、攪拌しながらキープします。

ベースの糖化が終わったら次は煮沸釜で、香りづけのホップを入れたり、タンパク質を凝結させたり、殺菌したり。ウチだと、この煮沸後のタイミングで蜂蜜を入れて、甘くて苦くて香り豊かな麦汁が完成します。

発酵用のタンクに、麦汁を移送させるまでが水曜日の仕事です。この「糖化」からタンク移送までが大体7時間、ざっくり1日かけてやる作業になります。

ー「ハニービール」と呼ばれるには、何か条件があるんですか?

ビールの主原料は麦芽・ホップ・水・酵母ですけど、そこにハチミツを使ったらハニービール。甘いのも甘くないのもあって、定義も味の幅も広いんです。

ただ個人的に甘いビールがそこまで得意じゃないので、ウチのスタイルとしては、あくまでも蜂蜜の糖も発酵させてしまって、甘さはそこまで残らせない。その代わり残った蜂蜜の風味と香りを楽しんでいただけるようなレシピを考えています。

<ビール醸造メモ>
麦汁に含まれる糖分を酵母(イースト菌)が食べることで、アルコールと二酸化炭素(炭酸)が生成される。この過程が「発酵」。ハニカム&ホップワークスさんでは、発酵前のタイミングで蜂蜜を入れることで、蜂蜜の糖分も一緒に酵母に食べてもらい、糖分(甘さ)が残らないように製造している。

ー数あるビールの種類の中から、ハニービールを選ばれたのはなぜですか?

そもそも蜂蜜が原料として魅力的だったからです。密が取れる花と、産地と、時期。こういった条件で味と風味の特徴や個性がすごく出るんです。それをビールと合わせた時の可能性がめちゃくちゃあるなと。

ーなるほど。蜂蜜スタートだったんですね。

ビールの原料として、蜂蜜は主役にも脇役にもなれるポテンシャルがあります。全体の中で存在感を持っていたり、一方でバランスを取るのに一役買ってくれたり。麦芽・ホップ・酵母との相性も良いんです。

限定醸造で、野菜・果物・スパイスを使うこともありますが、そことの相性も抜群です。とにかく汎用性が高い。その分、原価も結構するので…専門店としては、大変でもあるんですが(笑)。

ー新しいレシピを作る時、アイディアはどう考えるんでしょうか?

1つはおいしい蜂蜜と出会い、「ビールに使ってみたい…」と思った時です。特徴を生かし壊さないために、どの麦芽が合うかな、どのホップにしようかなって肉付けをしていきます。

2つ目が「こういうハニービールが飲みたい」という完成形を最初にイメージするパターン。アルコール度数、色味、ガス感、香り、味などを細かく書き起こし、それを実現するために原料を何にするか、逆算します。

あと、ビールの醸造はアートとサイエンス両方の要素を持っていると考えていて、その観点で、瓶やパッケージデザインのハード側もすごく重要視しています。なので、思いついたビールの名前やコンセプトから、レシピを考えていくというパターンもあります。

例えばこの「メガララ・ガルーダ」というビールは、インドネシアに生息する、生きた個体で見られることがほとんどない伝説のハチ「メガララ・ガルーダ」から、そのまま名前を貰っています。

ビール「メガララ・ガルーダ」と
蜂の標本(Wikipediaより)

ハチの名前とビジュアルを見たら使いたくなっちゃって。そこからのインスピレーションでレシピを考えていきました。黒いハチだから黒っぽいビールにして、生息地であるインドネシアのナツメグを使い、あと強いって意味ではアルコール度数を高めに設定して。これ10.5%もあるんですよ。

ーすごく強い!(笑)

こういう着想から入るのが結構好きで、パッケージデザインも一緒にアイディアが出てきたり。遊び心を持って醸造できるところも、ハニービールの大きな魅力です。

ー蜂蜜自体にも、たくさんの種類がありますね。

ウチで取り扱っているものだけでも沢山ありますよ。原産国だとアルゼンチン、カナダ、ルーマニア、ベトナム、バングラディシュ、メキシコ、スペイン、ハンガリー、ニュージーランド、グアテマラなどです。

加えて、実は蜂蜜・養蜂大国として知られているのがウクライナ。好き過ぎて、ウクライナ産蜂蜜を使ったレシピも考えていたんですが、戦争の影響で日本に蜂蜜が入って来なくなってしまったんです。

ーそれは気になります。ウクライナ産の蜂蜜にはどんな特徴があるんですか?

味わいや香りが上品なんです。風味が繊細な蜂蜜は、麦芽やホップと合わせると、その繊細さが消えてしまうことが多いんですが、ウクライナの蜂蜜はそれに負けないパワフルさも兼ね備えていて、非常に魅力的です。

ウクライナには肥沃な平原があり、広大なひまわり畑があることで知られています。その関係で、ウクライナ産の蜂蜜はひまわり由来のものが多いんです。

筆者が勝手に連想した映画『ひまわり』
そういえばこの舞台はウクライナでした
(C)1970 - COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION(IT) – FILMS CONCORDIA(FR) – SURF FILM SRL, ALL RIGHTS RESERVED.

ー若者の「お酒離れ」なんて言われている昨今、クラフトビール業界としてはどうなんでしょう?

感覚値での話ですが、大手も含めたビール業界全体では消費量も減少傾向にある中、クラフトビールに限って言えばどんどん盛り上がってきているように感じます。

1994年に酒税法の改正があって、それまで規定されていた「ビール製造免許」における年間最低製造量が、2,000㎘から60㎘に引き下げられました。これが最初の大きな変化で、小規模な業者が新規参入がしやすくなったんです。

それまではアサヒ、キリン、サッポロ、サントリーの4社が強いという状況でした。

更に、私の持っている「発泡酒製造免許」は、年間6㎘(6,000リットル)がミニマムの製造量なので、より低いハードルで参入が可能です。

ーハニカム&ホップワークスさんで、年間どのくらいの製造量なんですか?

最低製造量を下回ると免許が継続できないこともあるので、ギリギリではなく9,000~1万2,000リットルぐらいを目標に製造しています。

設備的に、1回の仕込みでできるビールが約250リットル。なので年間で約40回くらいの製造を目標にしている換算ですね。ここ数年で、ウチと同じぐらいの規模か、より小さいブリュワリーさんもかなり増えてきました。

ービールの醸造は想像以上に”酒税法”との闘いなんですね…

法律については追い風になる改正が1つあって、2023年1月現在は、1リットルあたり200円の税金が発生していますが、これが2026年10月までに酒税が段階的に安くなっていく予定です。

ー消費者が、お店でお酒を購入する時の税金ではなくて、業者さんがビールを製造した量に対してかかる税金ということですよね?

そうです。1リットルあたり200円が、年間最低6㎘なので、200×6,000=120万円がミニマムで1年間に納税しないといけない酒税額になります。

ーた、高い…!

これでも少し安くなったんです。先ほど説明した、税率が段階的に下がっていく過程の途中で、ちょっと前までは1リットルあたり220円でした。

こういった税率引き下げの恩恵や、設備も購入しやすくなったりなど、いろんな要因があって新規参入のブリュワリーさんも増え、クラフトビールの小さい業界ではありますが、盛り上がってきている印象が強いです。

ーせっかくなので、おすすめの飲み方を教えてください。

ビールって普通は、ぬるくなったらあまり美味しくないイメージですよね。でもハニービール、特にウチのハニービールで面白いのが、温度変化。

提供初期は5度ぐらいなのでスッキリ、軽やかさもあってゴクゴク飲めるタイプなんですが、温度が上がってくると蜂蜜、麦芽、ホップ由来の香りが出てきます。低温でも、温度が上がっても美味しいという意味で、温度変化が楽しめるビールとしてお客さんに勧めています。

お店で提供する時にチューリップグラスで出しているのは、そういった温度変化による香りを楽しんでもらうためでもあります。

ハニカム&ホップワークス
チューリップグラス

ちょっとくびれて、下の方がふくよかな感じ。最初はグビグビ飲んでもらって、温度変化とともにグラスの下の方に行くと、液温としても香りが出てくるし、グラスの形状的にも香りを溜めやすい構造になっているんです。

ーそこまで計算されているんですね…

ご自宅で飲む時はワイングラスとかでも良いんですけど、温度はぜひ意識して、こだわって選んだ素材を感じながら、飲んでみて欲しいです。

▲詳しい醸造工程や設備についての解説記事はこちらから

HONEYCOMB&HOPWORK
ハニカム&ホップワークス
東京都新宿区上落合2-10-19
・東京メトロ東西線 落合駅から徒歩5分
・都営大江戸線 中井駅から徒歩8分
・JR線 東中野駅から徒歩8分

(写真:若槇由紀)

酒税法に関する出典:
国税庁「酒税法等改正のあらまし

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