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アウトローの星 Ⅲ

ちょいクズ気質な友人U。彼はお酒が大好きで、一緒に飲みに出かけると、解散の瞬間までなにかしらのアルコールを体内に流し込んでいる。それでも酔い潰れることはなく、最後まで陽気だ。かつては彼のいかれた酒豪ぶりに呆れたが、今となってはその冷めた態度を反省している。彼は酒やつまみを豪快にかっ喰らうことで場を盛り上げようとしているのだ。そして、とどまることのないしょうもないトークで僕を楽しませてくれる。年齢を重ねたことで、彼の明るさにようやく感謝できるようになった。
Uは途轍もない記憶力をもっており、脳内から細部を引っ張り出せるその能力は、彼の突き抜けた才能だ。例えば、小学校の頃のはなし。プリントをまわす時に偶然女子の手に触れてしまい、ちょっと嫌な顔をされた。女子の反応にショックを受けた本人ですら消滅している記憶なのに、他者目線でその瞬間を目撃したUが、そのことを覚えているのだ。当事者しか知り得ない出来事を女子の微妙な感情の変化まで、30年以上経過した現在でも暦とともに脳内から取り出せる。望んでいない嫌な記憶を蘇らせられたが、衝撃と恐怖の方が遥かに大きい。
同級生と学生時代の思い出話をしていると、お互いに記憶が曖昧な部分があり、噛み合わないことがある。しかし、Uにはそれがない。印象的な出来事はもちろん、些細な出来事まで遡れ、ノスタルジーに導いてくれる。
ただ、彼はべらぼうに酔っ払うと意識はあっても、身体の制御が効かなくなる。なんとかギリギリで歩行はできるのだが、その姿はほぼゾンビだ。力加減も調整できなくなり、助手席に乗り込む際にギャングばりに激しくドアを開け放つ。隣に駐車してあった漆黒のおっかない車にドアをぶつけそうになった時は本気で焦った。
居酒屋をはしごしたがるわりには、財布の中に砂埃しかないし、リラクゼーション施設のくたびれたポイントカードを出されてもどうにもならない。僕がいなければ無銭飲食だ。
こっそり持参した紙袋に、コンビニで購入した酒を放り込んで帰宅する。紙袋は奥さんにばれないためのカモフラージュだ。
「締めの酒です。でへ」
自宅敷地内のアジト(実家)へ消えていくゾンビ。
僕と別れた後もまだ酒を飲むつもりでいるのだ。モンスターの領域に突入した彼の底知れぬ酒欲に、もう笑うしかない。

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