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Record Stabilizer

高校時代にはじめてアナログレコードを入手して以来、地道に収集を続けている。基本的にはストリーミングで音楽を聴くので、よほど気に入ったアルバムしか買わないが、レコードの存在そのものが魅力的だ。「モノ」としての所有欲が満たされるのか、CDに比べてレコードの方が思い入れが強く、購入当時の懐かしい記憶が蘇る。
レコードを気軽に試聴できる環境ではなかったので、いつも限られた情報の中で悩み悶えていた。それはもう博打のような感覚で、外してしまった時のダメージは計り知れないものがあった。購入に踏み切るまでに葛藤が渦巻いていたので、余計に思い入れが強いのかもしれない。
希少盤のレコードを入手し、浮かれながらラーメン屋に寄った時のこと。帰宅まで我慢できずレコードを開封したのだが、付属のブックレットに水をぶちまけてしまった。一瞬で青ざめ、自分の手元のゆるさに失望。豪快にぶちまけたため、焦って拭いたところで水跡は取れないし、紙の繊維がボロボロとこぼれ落ちるだけであった。隣にいた爆笑している友人に「こ、ここ、これはこれでパンクやね」と強がったのを憶えている。あれからいくら浮かれていても、中途半端な場所で開封しないように誓った。
購入したレコードの一枚一枚にハプニングが起きているわけではないが、入手先や当時の心境を鮮明に思い出せる。
一方で、レコードプレーヤーに対しては無頓着で、「かろうじて再生できる」だけの本体で聴いている。ラジオみたいなチープな解像度でも満足していたのだが、購入して10年。とうとう壊れてしまった。
プレーヤーを買い替えることを検討し、オーディオに詳しい友人に相談したのだが、「シンバルの音」でしか特徴を言わない。
「これやと、シンバルの伸びが気持ちいいよね」
「そうなんや」
「これやと、シンバルの余韻が気持ちいいよね」
「へー」
「もう少しシンバルの音をタイトにしたいなら…」
「シンバルはもうええわい! ジャンルで言わんかい! ロック向きとか、ヒップホップ向きとか、ジャズ向きとか!」
シンバルの音ばかりで表現されても、カルトめいたうさんくささしか感じない。洗脳されそうで気が狂いそうになる。「CDとアナログの音はほぼ一緒」と思っている聴感のない自分に、シンバルシンバル言うな。低音、高音。強い、弱い。頑張ってもここまでが限界だ。
とはいえ、レコードスタビライザーは欲しい。装着したところで「シンバルの音」がどうのという繊細なレベルの違いで、自分の耳では効果を感知できそうにないけども……。その微妙な差異を楽しもうとしている矛盾に、うしろめたさを感じる。本音では音質追求というよりも、ただあれを乗せたい。装飾的な意味合いでスタビライザーに憧れているのだ。
ではスタビライザーを装着して再生したレコードは、実際にどうだったのか。
「あれやね、コントラバスの音が弾けてる。ような気がする。とも限らない、こともなくはない」
まわりくどくごまかしたが、どこへ着地したのか自分でも分からない。
シンバルがコントラバスに変わっただけだ。
レコードって、不思議。

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