もぬけのバラッド
専門学校時代に電車で通学していたのだが、混雑時の不快感や時刻表に合わせた行動に、最後まで慣れることができなかった。それまではバイクでスイスイとそこらを移動していたので、混雑や時間に縛られる電車通学はストレスでしかなかった。
卒業までの2年間、毎日のように電車を利用し、車内で色々なひとを見かけた。当時の記憶はほぼ消滅しかけており、ぼんやりとしか思い出せないのだが、ひとつだけ鮮明に憶えている出来事がある。
漫画みたいに分かりやすく、落胆する男子高校生を見た時のこと。坊主頭の彼は、隣の車両から不意に現れ、ふらふらとよろめきながら扉に近づいた。その様子は明らかに失意のどん底にあったが、どこかコミカルでもあった。
ごつんっ。車内に鈍い音が響く。エネルギーがつきたのか、彼は扉の目前で窓におでこをぶつけた。そして、窓におでこをつけたまま、うな垂れた姿勢をキープ。両手はだらしなく垂れ下がり、電車の振動に合わせて、小刻みに揺れた。生命力が削ぎ落とされた全身に、絶望がまとわりつく。
あの虚ろな眼から察するに、部活動の重要な場面でイージーなフライを落球。あるいは、今更ではあるが、サッカーの方が好き。という葛藤。
いずれにせよ、あそこまでの落胆は漫画でしか見たことがない。彼に、一体なにがあったのだろうか。
しばらく静観していると、彼女らしき人物が現れ、慰められながら降りていった。彼はホームで浮かれながら、ポカリをくいっと飲んだ。
扉が閉まると同時に、空間は分断された。なんだろう、この敗北感と、埋めきれない温度差は。
行き場のない悶々とした感情を押し殺していると、隣に座っていたべろべろのサラリーマンが、僕の肩にもたれてきた。どうやら酒で脳内がいかれているらしく、僕の肩で幸せそうに眠っている。肩で、男の頭をぐいっ、と押しのけるが、すぐに戻る。むしろ、押しのけた反動でしっかりとした助走を経て、僕の肩に力強く着地。それでも男は目覚めない。泥酔男は鼻をぴゅうぴゅう鳴らしながら、僕の肩で眠り続けるのであった。
男の顔面は酒で真っ赤に染まり、僕の顔面は恥ずかしさで真っ赤に染まる。寝たふりをしてやりすごそうと試みたが、勘違いされそうな甘い雰囲気になるばかりであった。
目的の駅まで、あと3駅。時間の感覚が鈍った残り3駅は、まるで9駅分のようだ。地獄のような状況に耐えきれず、男と酒気を振り払い、扉までよろめく。絶望した僕のもとに、慰めてくれる彼女が現れるはずもなく、ひとりで寂しく下車。
おじさんの生々しい感触と温もりが、僕の左肩に痕跡を残した。そして、見慣れない景色を前に、ひとつ手前の駅で降りたことに、ようやく気づくのである。
次の電車まで、あと1時間20分。9駅分よりも、はるかに長い。
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