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パレードの日

中学校に進学したばかりの頃、一学年上のマイルドなヤンキーにつきまとわれていた。僕自身、不愛想ではあったが陰気なだけで、上級生から目をつけられるような存在ではなかった。学校でマイルドとすれ違うたびに睨まれ、下校途中には暴言を吐かれる。本物のヤンキーと比べると威圧感がなくダメージは軽かったが、やっかいではあった。マイルドは色白で、もやしのようにひょろひょろとしていた。おそらく、同類である瘦せぎすな僕になら抵抗されることなく、ちょっかいを出せると考えたのだろう。カーストの頂点を支配するヤンキーに憧れ、無理をしてイキり倒すその態度は間抜けであった。
マイルドを適当にあしらうことにうんざりしていたが、校外まで追いかけてくることはなかった。しかし、自転車で近所を徘徊している時に、運悪く彼と鉢合わせる。
「おいこらてめー、ちょっとこっちこいや」
マイルドはか細い声で僕を脅し、自宅前まで強引に連れていった。彼の実家はこども服を取り扱う店を経営しており、男児・女児の可愛らしい服がショーウインドーに展示されていた。ミスマッチな状況で荒ぶるマイルドを見ると、笑いそうになる。
「おいこらてめー、ここで待っとけ。逃げんなよ」
凄みのない表情でマイルドが言い放った。
釘がぶっ刺さったバットを持ってくるのだろうか。それとも、仲間を呼んでくるのか。そう考えると、ショーウインドーに展示されたくまさんのトレーナーを見ても笑えなくなり、余裕がなくなる。心臓が激しく鼓動し、息苦しくなるのを感じた。自分のキャラクターではないが、マイルドが襲いかかってくるようならやり返すつもりで身構えた。小刻みに震える手を必死に抑え、力強く拳を握り締める。全身から謎の自信がみなぎり不思議に感じたが、それはカンフー映画を観た影響だと気がついた。最近観たばかりの『燃えよドラゴン』の余韻が、まだ残っていたのだ。
“Don't think! Feel.”。ブルース・リーの言葉が頭の中で鳴り響き、僕に勇気を与えた。
“考えるな! 感じろ”。
どういう意味なんだろうか。
「も、もうええわ。帰れ」
血色を失ったマイルドが現れた。彼は僕に一言告げると、そそくさと店に戻っていった。呆気にとられ、放心したように立ち尽くす。マイルドは乱れたこども服を慣れた手つきで丁寧にたたみ、ショーウインドーに動物のフィギュアと玩具を並べはじめた。
おかんに怒られたのか? マイルドはバツが悪そうにちらちらと僕の様子を窺いながら、フィギュアの位置を微調整。パレードのような賑わいがショーウインドーに溢れ、鮮やかな彩りがこども服を引き立てた。動物たちの行進が小さな世界を創造する。マイルドの感性が、爆発。彼に対する嫌悪感が徐々に薄れ、やがて消滅した。
威嚇とは対極の日常を見られたことで、ヤンキーとしての美学が崩壊したのだろうか。あの日以来、マイルドは僕から目を逸らすようになった。
校庭を眺めると、部室の影でヤンキー同士が大喧嘩をしていた。血みどろの壮絶な打ち合いは、地下格闘技そのものであった。あんなのにつきまとわれるくらいなら、マイルドを選ぶ。
“Don't think! Feel.”と念じたところで、きっとどうにもならない。

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