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サーチ・アンド・ダイ

中学時代に、いつも不思議に感じていた光景がある。それは、夜にだけ稼働する謎の自販機。辺りが暗闇に染まりはじめると青白い光を放ち、周囲を異様な雰囲気で支配した。街灯が少ない田舎ということもあり、なおさら奇怪であった。
遠目からではなにが販売されているのか分からない。そのうえ、自販機は波板で囲まれていた。購入者のプライバシーや景観保護のためなのか、一瞥しただけでは全貌が掴めないが、おおよその見当はついた。大人の雑誌だ。中学生のアホな男子がそんなものに遭遇してしてしまえば、当然意識は奪われる。
ある日の夜、幼馴染のSと自販機の正体を探ることになった。自販機を一目見るだけのつもりでいたが、Sは違った。彼は購入まで考えていたのだ。
「よしっ、攻めるぞ(買うぞ)」
勇敢なように見えるが、わざわざ遠い目で呟くことではないと思った。
人の気配がない隙を狙って、潜り込むように自販機との距離をつめる。特殊部隊のような後姿からは想像できない、間抜けなミッション。この時、波板の重要性を実感した。
予想通り、大人の雑誌だった。卑猥な表紙がずらっと並んでいる。カモフラージュの意味合いがあるのだろうか、一般的な書店でよく見かけるメジャーな漫画誌も混ざっていた。
Sは一瞬で雑誌のクオリティーを見極め、購入に踏み切った。お釣りが出ないようにあらかじめ細かい硬貨を用意していたのか、流れるように雑誌を購入。見極めて、硬貨を投入して、購入ボタンを押す。寸分の狂いも許されない。全神経を指先に集中させた。
Sのパフォーマンスで最も評価すべき点は、“脱力”である。力めば力むほど動きは固くなる。イメージトレーニングを重ね、メンタルを鍛え抜いたことで辿り着いた脱力の境地。極限まで無駄を削ぎ落としたSの動きに、途轍もない速度と執念を感じた。しかし、自販機は無反応なままで、妙な時間だけが経過する。真夜中の静寂と蛍光灯の異音が、緊張を高めた。漂う不気味な粒子と張り詰めた空気に、心臓が締めつけられる。
ガァコンッ!!
爆音とともに卑猥な雑誌が取り出し口に落下した。耐え難い嫌な間のあとの爆音に、心拍数が急上昇。雑誌の重量とは思えないほどの衝撃だった。
Sは慌てながら雑誌を激しく掴み、僕に向かって叫んだ。
「逃げろっ!」
「なんでっ!」
想定外の爆音に威嚇された彼は、もう窃盗犯にしか見えない。こんな時に限ってなんてことのない小石につまずいて転んだり、自転車のペダルを豪快に踏み外す。無駄に力むとこうなるのだ。
僕たちは全力で自転車のペダルを漕ぎ続けた。自販機の奇怪な発光が徐々に小さくなり、やがて消滅した。人間は物音ひとつで、あんなにもパニックに陥るのか。
パタパタパタパタパタ
本がめくれる音って、こんなにコミカルだったっけ……?
向かい風で暴れるエロ本の音が、虚しくて、やりきれない。こんな真夜中に、僕たちは一体なにをやっているのだろうか。
数日後。Sは雑誌の隠し場所に悩んでいた。部屋のどこに隠しても家族にばれる気がして懐疑的になり、錯乱状態になっていた。追い込まれた彼は近所の空地に雑誌を隠す。そして、僕たちのキャラクターとは正反対の真面目な友人が、隠していた雑誌を拾った。こんなにロマンを感じない巡り合わせなんて、いらない。
「その雑誌……」
「兄貴のよ」
かなり強引にカットインしてくるな。タイミング、声色、揺るがない信念と覚悟。友人の全身は頑丈なバリケードで覆いつくされた。
不自然な土が付着した角の折れた雑誌。聞きたいことはあるが、無言で身構える友人の姿を見ると、もうこれ以上は追求できない。
それにしても、なんて気まずい空気なんだ。

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