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全員と当たり障りなく仲良くすることは、オリンピック選手並みのことである

嫌いな人を受け止めることの難しさについて、以前記事にさせていただきました。
今回もそのことに少し関連した内容です。

まず、私の心の深くに残っている言葉を紹介します。
「誰とでも仲良くしましょう。」
これは子供のころ、大人からよく言われましたよね。
“真面目”な私は、そこに「いつでも、全員と」という条件をさらに付加して理解していました。大人になった現在でもその理解が正解で、他は間違いだと思い込んでいました。

リワークスクールの利用者から貰った言葉を紹介します。

「自分はみんなと仲良くできる存在になりたいと思っています。でも、嫌いな人と付き合わなければならないときがとても苦しいです。」
利用者「 “全員といつでも” となると、それは一般ランナーがオリンピックで金メダルを目指すようなものだね。本気でそういう存在になりたいなら、嫌いな人を受け止めるためのそれなりの覚悟がいるんだよ。オリンピックで金メダルも素晴らしいけど、それがすべてではないんじゃない?」
「確かに。嫌いな人とは、最低限の会話で、距離を作って接するというのもありなんですね。一般ランナーなりの生き方もありますね。」
利用者「金メダルを目指すことと、一般ランナーで生きること、どちらも正解で、どちらかが間違っているということもないんだよ。」
「自分の心が楽な方を選べばいいんですね。」

差別をしたり、いじめをしたり、相手の人権を意図的に侵すことは許されません。
しかし、自分とどうしても相いれない人とは、心の距離をとってもいい。
この微妙な人との付き合い方をやっとわかった気がした瞬間でした。

皆さんはどのように思いましたか。