「これぽっちのことで、君は死んでしまうんだよ。」



もはや、僕の一部になってしまったホースを塞ぎながら、彼女は言う。


四肢の自由を失い、呼吸すらも十分にできない僕。

そんな僕を眺めながら、酸素すらも掌握する彼女。


何がこんな違いを生んだのだろう。

同じ人間であるはずなのに、全く違う生き物みたいだ。

卑しく呼吸をしようとしている僕はなんて浅はかなんだろう。

彼女は酸素を吸うことが当たり前であるのように、僕が下にいる事も当たり前なのだろう。
いや、僕だけではなく、他の男もだ。


彼女は、本当に女神様みたいだ。


ああ、段々と、視界が白くなってきた。

本当にこのまま死んでしまうのだろうか。

そんなことを考えながら、もう尽きようとしている許された酸素を取り込もうとする僕の身体。
苦しい。

思わず、動かないはずの身体を動かそうと試みる。

「うんうん、苦しいね」

と笑うあなた。ああ、愛おしい。
この笑い声から、もう曇って見えない僕のマスクからでも輝いて見える彼女が好きだ。許して、僕の神様。



「ねえ、私に殺されちゃうの。いや?」

分からない。生きたい。
けれど、もう初めてあなたに会った日から、僕の気持ちは決まっている。
この人のために生きたい。

僕の唯一の神様だから。



ああ、僕はなんて馬鹿なんだ。
神様のお役に立てることがいかに光栄なことか、考えていなかった。

この人のために生きることも死ぬことも同じではないか。




少し首を振って、目をつぶった。





刹那、世界は色を取り戻す。

「今、君生きるの諦めたでしょ。君がいらなくなったものなんていらない。君が本当に必要なものを奪って、本当に嫌なことを私はしたいの。
その方が楽しいでしょう?」


ああ、本当にこの人はなんて素敵なんだ。
完全に僕のことを理解している。
呼吸も、僕の好みも。僕が最悪に嫌がることをしてくれるこの人が好きだ。

『……s..i..です.』

延長された僕の一部であるホースを通して彼女に伝える。

「何?」
と言って、再び彼女は僕のものになるはずだった酸素を奪う。
ああ、これでは、伝わらない、。


『~~th..きで..t!』

僕がSMに興味を持ち始めて、初めてSMクラブに行った日から、はや3年が経とうとしている。彼女には全てを教えてもらった。礼儀、作法。
彼女は、僕の全てを知っている。僕の限界から、僕の好きなこと。


「何が好きなのか、きちんと言いなさい。」


『…aなたが.…t..きでt..!』

僕の女神様。
あなたが好きです。

あなたの欲求を満たせるのなら、僕は死ぬことすら大したことではないのです。

『…すきなんです!』

限られた酸素を使って、伝える。


ピピピピピピピ…

シンデレラはこんな気持ちだったんだ。




彼女はタイマーを止めるために、立ち上がり、僕は新しい空気を取り組むことを許された。

タイマーを止めた後、僕の拘束具を外し、僕のマスクを外した。
冷たい空気が肺に入ろうとした瞬間、彼女に口づけを交わされた。

「じゃあね。」

彼女は帰った。

彼女と交わす初めてのキスだった。

もう呼吸を妨げるものはないはずなのに、苦しい。
おかしいな。






翌朝、いつものように彼女の書くブログを確認するが、まだ更新がない。

珍しい。もしかしたら、僕が好きと言ってしまったから、変な気遣いをさせてしまったのか。ああ、なんてことをしてしまったのだ。









その次の日も更新はなかったが、ちょうど4日が経った日のお昼に彼女のブログが更新された。

彼女は亡くなったらしい。





その夜、僕は僕をティッシュにくるんで、ゴミ箱に捨てた。




ああどうか、僕の神様、ご無礼をお許しください。
あなたが大嫌いです。