Notes of a Dirty Old Man for Introdaction

畏いなるものの呟きよりのインスパイヤアを得ての書きもの。
まずは第一章としてのイントロダクションを書き進めて行くための、
覚え書きをものしてみよう。

以前に前説を書き進めておりましたが、
中途にしたのだけれど、
昨年末よりの体調不良も有りますし、今になっての思い浮かびの、
昨七月八日の安部さんの不幸にもよるのではと考え進めております。
直に一年が経とうとしておりますが、没後の世情に起きることが、
常に無いことが目白押しで眼をつむっているように生きるなら、
ことも無く。

何の取り柄も無く生きる身にしても生半可に考える立場にしても、
腑に落ちぬことが羅列に見える。
齢七十三年を重ねている身故幾らかでもものを考えれば思いも浮かぶ。
昭和二十五年の生まれなら、終戦の後五年の生まれ。

良きことか逆かは知りませんが、勉強には熱心ではなかった子供。
授業時間に先生の話しを真剣に聞いていたかと自分の問うてみても、
答えは持たないばかり。
私は小学だけを青森で過ごし、公立校でしたが日教組の先生からの、
影響や如何と問われれば良く分からないと応えるだけだ。

取り立てての国旗国歌などへの執着も無い。
天皇がどうしたなんてことを取り立てて考えることも無かったよう。
それが先生からの影響と言うよりも、
強く父親からの影響と思うし、先生たちとのお付き合いの仕方で分かる、
役所にもそんな組合が有り、先立ちになりたいひとだったし、
先生とのお付き合いも親密だったと思う。

ただ中学からは私立の学校だし、それなりの自分を持ち出したはず。
誰もこんな子だったと教えてくれる身内の者も無いけれど。
時々の思い出を引っ張り出して思い返すだけだ。
呟きのクーデターを調べろとか書けとの思いに従って。
~~続く

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