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【おすすめ本】トニ・モリスン/青い眼がほしい

小学生の頃、近所の野球チームに入っていました。その頃、背中に草書体でカッコよくスローガン(「一球入魂」とか)が書かれたTシャツが流行っていて、すごくほしかったのを覚えています。

でも、あのTシャツがなぜほしかったのか、今考えるとよく分からないのです。ほしかったのはシャツそのものじゃなくて、それを持っている子がカッコよく見えたからだった気がします。そのシャツを着たら、自分もその子たちみたいにカッコよくなれると思っていたのかもしれません。

「青い眼がほしい」はそんな欲望について書かれた小説です。黒人の少女ピコーラは、自分が愛してもらえるように、白人のような青い眼がほしいと祈ります。原題はThe Bluest Eye。ピコーラがほしがったのは、ただの青い眼ではなく、だれよりも青い眼でした。

だれよりも美しくなって、だれよりも愛されたい。キリのない欲望というところで言うと、安野モヨコさんの「脂肪と言う名の服を着て」などを思い出しますが、本作はその無邪気な欲望をもった少女が実の父親に犯されるという、とてもショッキングな物語です。

▼▼今回の本▼▼

著者のトニ・モリスンは1931年生まれ。2019年に亡くなっています。アメリカの黒人ノーベル賞作家というと、多くの人は身構えるかもしれません。でも、僕がこの本を読んで感じるのは、不思議な読みやすさです。テーマは重たいし、救いだってないのに、ぐんぐんと読んでいくことができます。まず第一には、それはモリスンが推敲をかさねたみずみずしい文章のおかげでしょう。

秘密にしていたけれど、一九四一年の秋、マリーゴールドはぜんぜん咲かなかった。

トニ・モリスン. 青い眼が欲しい. ハヤカワEpi文庫, 2001, p.10.

青い眼にしてくださいと、毎晩かならず彼女は祈った。熱心に一年間祈った。一年たって少し落胆はしたが、望みを捨てたわけではなかった。こんなにもすばらしいことが起こるには、長い、長い時間がかかるものだから。

同上, p.70.

でも、読みやすさの秘密はそれだけではなく、モリスンの視点の不思議なあたたかさにあるような気がします。人種差別をテーマとして扱いながら、彼女は差別するひとを非難はしません。むしろ、その差別がいかにして生まれたのか、丁寧に描き出そうとします。

例えば、以下はピコーラに罵声を浴びせる裕福な黒人女性のジェラルディンが、どのようにピコーラ(貧しい黒人)を見ているかを描いた文章です。

彼女(ジェラルディン)は、生まれてからいままで、このような女の子(ピコーラ)を見つづけてきたのだった。(…)櫛を入れていない髪、はだけた服、紐も結ばず泥がこびりついている靴。そうした少女たちはいつも、大きな、何も理解していない眼で彼女をじっと見つめた。何も問いかけず、すべてを求めている眼。まばたきもせず、恥ずかしがりもせず、その眼は穴のあくほど彼女を見つめた。

同上, p.136.

そこに描かれているのは、本能的な嫌悪というよりも、居心地の悪さのように思えます。自分とこの子たちを隔てる境界はひどくあいまいで、それなのに、豊かな人間として生きている自分の立場を、すべて見透かすような眼を持つ、そんな貧しい少女たちを恐れているように見えます。

トニ・モリスンは大学卒業後、出版社で働きながら小説を書きつづけ、39歳のときに本作でデビューしました。現実世界で地に足をつけて生き抜いてきたことがそのまま力になっているような彼女の文章はシビれます。上質な小説が読みたくなったら、ぜひ手に取って読んでほしい名作のひとつです。

(おしまい)

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