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SFで最も難しいのは時空問題だったりする

サイエンスフィクションを書くとき、頭を悩ませるものがあります。それは恋人とのストーリー展開でもなく、キャラクター設定の詳細具合でもありません。それは時間軸設定、ないしは場所設定です。

「地球から10万光年離れた惑星」という設定が当然の世界

地球から目が眩むほど遠い惑星で活躍する主人公を想像するのは難しくはありませんが、この時小説の作者は「地球」「10万光年先の惑星」のどちらも存在することを知っている前提で始めることができます。もちろん、小説の中身に「地球」だけ、もしくは「10万光年先の惑星」だけを書けばいいことなのかもしれませんが、一般的にSF小説内では数光年という距離を隔ててコミュニケーションするシチュエーションはよくある設定として考えられます。

もちろんここでも「地球」「10万光年先の惑星」しか登場しないのであれば、それぞれの惑星間同士の時間差を考慮するだけで事足りますが、ほとんどのSF小説ではその2惑星で満足しない場合があります。つまり、第三、第四の惑星がさらに数光年先にいくつも出てくるというのはあまり珍しくはありません。

例に挙げるならば太陽系をベースとした小説で「地球」「火星」「土星の衛星」「木星の衛星」とかが場所として登場するものの場合でも、すでに4つも出てきています。その上でそれらの惑星間を移動する宇宙船も幾度か出てくるでしょうから、普段人間が行き来するレベルを超えている宇宙空間での時間差を考える必要は勝手に生まれてしまうといえるのです。

別惑星で起きている諸問題は「距離」でどうでもよくなる

例えば、プロキシマケンタウリという太陽系から4光年ほど離れた岩石惑星系があったとして、そこで起きていることが地球にどう影響しているのか、そこで起きたことを地球人は意識するのかといえば、あまり意識しないのではないか?とも考えたりします。

しかし、SFではそんな数光年離れた場所で起きた不倫事件が、地球に住んでいる主人公のどうでもいいストーリーの中に堂々と関係がある出来事として書かれたりするのです。笑ってしまうことが起きているのは確かですが、SFでは、こういった物理的距離の問題を包括視野で見ているため一切考えなくてもいいということになります。

では、これにどのような問題があるのでしょうか?そもそも物理的距離があまりに離れている場合、現実的にはすぐに情報が届かないという風になります。しかし、小説ならば別に次のページで届いているようにもできますし、1年待たないと情報が分からない場合でも「1年後」と書けば解決します。

しかし、これは逆に複雑になると厄介な問題になることを示しています。例えばAという人物とBという人物が互いに10光年離れた場所におり、Cという人物とDという人物がそれぞれ5光年、13光年離れた場所にいるとします。すると、この4人の間で織りなすストーリーを作ろうとすとると、AとBは互いの情報を取り合うのに10年かかり、AとCは5年、AとDは13年かかることになります。そのうえで、BとC、BとD、CとDの物理的距離もいちいち図らなけば現実的な「コミュニケーション」はできないことになるのです。

もちろん、そこでは相対論的効果も無視はできないため移動する人物がいればその時間経過も考慮しなければなりませんし、その星の大きさから重力加速度を想像したうえで、時間経過のずれを考慮しなければならない等、いろいろな物理的パラメーターを網羅的に知っていなければ「インターステラー」のような専門家からの指摘まみれになる作品を作るだけになります。

歴史と常識問題で「分散型の価値観」を作品に入れる

また、こういった複雑な時空コミュニケーションを考えるにはそれぞれの立場でのヒストリーやコモンセンスが重要になってきたりします。私的にはここまで設定を細かくすると面白いとは思っていますが、宇宙まで視野を広げると「惑星そのもの」のレベルから文明があったという設定にできます。それは自由で楽しいかもしれませんが、「なぜ」を大量発生させる上に「宇宙だから」という言い訳で終わらせる最大の景気になってしまいます。

もちろんそれでもいいですが、宇宙でのストーリーを書くときに「香港 - 午後5時13分 - 」みたいな場所と時間からいろいろと探求したり謎を解決したりするサスペンス物を書くとすると、上記ではあまりにも大雑把だと思ってしまいますし、最終的にそういったストーリーは書けなくなってしまいます。

そこではその惑星や場所での常識、歴史観があるとさらに面白くなります。「ONE PIECE」ではグランドラインの島ごとに文化圏が形成されているという特徴がありますが、あの世界の惑星からして世界政府やONE PIECEの影響を受けていない・ストーリーとどう考えても関係ない島を想像すれば、それは少なくとも物語上における影響力はそこまで大きくないだろうという印象を受けるものです。

しかし、宇宙が舞台で、いくらでも惑星を想定できるとなれば、そういった一地域の問題をさらにグローバルスケールで見ることができたり、惑星同士の距離が遠ければ遠いほど、それぞれの惑星系で起きている諸問題を完全に別離させて考えることができたりと、「中央集権的な世界観」を無視することもできるようになります。

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