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孤立せよ、他者に依るな 漫画『無頼伝涯』 感想

漫画、『無頼伝涯』を読んだ。カイジやアカギなどで有名な福本先生の作品。珍しく、少年誌での掲載作品となる。読み始めたきっかけは、インターネットで見かけたこの画像。


『無頼伝涯』2巻 13話より

正直笑ってしまった。福本先生がこんなバトル漫画っぽいのを書いているのも意外だったし、「そうはならんやろ」の描写だ。物理法則を無視しているのは鼻と顎だけにしてくれ。


そんなギャグ目線で読み始めたのだが、さすが天才漫画家。しっかりと面白かった。全4巻と短いながらも、しっかりとストーリーは完結させているし、作品コンセプトも良かった。

まさにタイトル通り、他人に「頼」ることが「無」かった男の物語といえる。


本当の自由

本作品のあらすじなり、ストーリー展開は、ピッコマから引用した下記をご参照。

「見てろっ………! オレは必ず這い上がるっ…………!」資産家の老人を殺害した犯人に仕立て上げられた中学生・工藤涯(くどう・がい)が、自分の無実を証明するために闘っていくサスペンスアクション。

ピッコマのあらすじより

1巻の終盤から、主人公の涯は、更生施設に入れられる。ここが、帝愛帝国もビックリの、中々に過酷な施設。体罰、というよりももはや虐待・拷問レベルの暴力と権力がはびこる、異常な施設だった。そこからの脱出と自分の無罪の証明が今作品のメインのストーリーとなる。

本作品、後から知ったが打ち切りになっていたらしい。だから4巻という短さで完結したとのこと。だからといって、このメインストーリーの流れが雑かと言うと、そんなことはなかった。それなりの完成度だったと思うし、下手に人気になって今のカイジみたいにダラダラ連載するよりは、絶対に良い。

もちろん、「流石にそれは無理では…?」と思うような展開もなくはなかった。たが、そこを勢いで説得するのが福本先生のすごいところ。


そもそも、この作品はそうした緻密なトリックや推理を楽しむものではない。そんなものはおまけに過ぎず、本質は涯という主人公の生き様、その人間ドラマにあると思っている。

涯は両親に捨てられ、施設で育つ。しかし、その施設を飛び出し、池田というヤクザが身元引受人となり、彼のもとで生活するようになる。このヤクザ、仕事は占拠屋。競売物件に住み込み、立ち退き料などを物件の持ち主に請求してまわるのを仕事にしていた。彼は涯に3万円だけ渡し、競売物件であるボロアパートに居座らせる、そんな仕事を与える。

それなりに施設で不自由なく育っていたのに、なぜ涯はこれをを受け入れたのか。それは「孤立して生きて生きたかった」からと涯は語る。


涯は言う。「俺は俺に依って生きていきたい」と。
施設や両親、そんなものに頼らず、自分自身の力で金を稼ぎ、自分の力で日々を生き抜く。それこそが自由であると考えているから。

当然、収入3万円のボロアパート暮らしでは、何もできない。豪華な食事もできないし、旅行もできない。そんな圧倒的に限られており、不自由な生活。しかし、涯はそこに「自由」と「無限」を見出し、満足していた。自分の能力に見合った分だけ、自由が与えられる。それこそが、「リアル(現実)」の生活なのだと、涯は実感した。


涯がどうして、こんな考えをするようになったのか、そこの詳細は描かれない。だが、これはすごく共感できる考えだった。自分も漠然と同じ思いは持っていた。涯ほど強く心をもてず、自分はその他者に依存する環境すらも、「自分が持っているもの」として最大限利用しようと、開き直ってしまったが。

自分は会社の愚痴とか、環境への不平不満はあまり好きじゃない。思わず言ってしまうと、自己嫌悪してしまう。

だって、自分の置かれた環境が嫌なら、自分で変えれば良い。幸いにして、日本は恵まれた国だ。自由がある。自分の能力と選んだ結果が今の状態で、そこに不満を持つなら何かしらの努力をして自分を変え、環境を変えていくしかない。涯みたいな中学生ならともかく、大人はそれができる。

それか、最大限その環境を「楽しむ努力」を行えば良い。考え方1つで人生はいくらでも楽しめる。何をするにもある程度はお金は必要だが、その金額は考え方次第で変わっていく。

『攻殻機動隊』という作品の主人公、草薙素子のこんなセリフがある。

「世の中に不満があるなら自分を変えろ」
「それが嫌なら、耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に暮らせ」

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』 第一話より

厳しいセリフだが、事実だと思う。この孤独に暮らせ、というのは辛い生活をしろ、ということではない。孤独だからこその、自由と無限がある。直近見た映画、『パーフェクトデイズ』でも同様の主張がされたが、孤独な生活にはそれはそれの良さがあるのだ。もちろん、辛さもあるけども。


孤立せよ

これほどまでに、孤立を好み、人に頼ることを嫌ってきた涯。しかし、収容所からの脱出で、少しずつ変わっていく。他人を頼ることを覚えていく。自分一人で出来ることの限界を悟る。普通の作品だったら、友情、人間の繋がりの大切さ、そんなありふれた「良いお話」を描いて終わるだろう。

しかし、さすが福本伸行。人が他人のために動くために必要なもの。それは綺麗事ではない。そんな現実をしっかりと描写してくれる。

1巻の刑事との協力関係の構築から、最後の最後まで。この物語のクライマックスシーン、涯は他人を頼る。しかし、何の行動もせずに、何の犠牲も出さずに、無償の愛を求めたわけではない。まさに自分の力と自分の選択で、他人を動かした。あの覚悟。すごく好きだし、納得できるシーンだ。


そして、この漫画の最後の1ページ。それは「孤立せよ…!」という一言で終わる。

最終巻最終ページ

あくまで、他人を頼り、みんなで仲良く生きましょう、というお花畑のメッセージではない。人はみな孤立して生きていく。自分の力で生きていくべきである。でも、だからこそ、人との関わりは大事であり、一方的な依存になってはいけない。

自分は、このメッセージと終わり方はすごく好きだ。突き放した、冷たい終わり方と解釈される可能性もある中で、このシンプルなメッセージで終わらせたのは、さすがの度胸だ。

一家に一作品は福本伸行マンガを起きたいと思っていた。候補が多すぎて悩む。『無頼伝涯』にしようか、『銀と金』にしようか、『最強伝説黒沢』にしようか…

以上、短いながらも福本作品の良さを味わえる『無頼伝涯』の紹介記事でした。福本作品を読んでると、「とどのつまり」とか使いたくなるよね。

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