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因果関係と相関関係のとり間違いが生むデジタルマーケティングの悲劇

クリステンセン「Jobs to Be Done:顧客のニーズを見極めよ」を改めて読んで。

自分自身のMOTグラデュエーションペーパーでも非常に参考に参考にさせていただいた(と書くととってもおこがましい気がする)クリステンセンのジョブ理論に関しての論文の一つ。私自身は、どちらかといえば、この前に発表されたハーバードビジネスレビュー「セグメンテーションという悪癖」から色々と考えさせられたが、ハーバードビジネスレビューの2020年4月号のクリステンセン追悼特集でこの「Jobs to Be Done:顧客のニーズを見極めよ」にも改めて目を通してみた。

「セグメンテーションという悪癖」でも触れられていたのが、マーケティングを考える上で「消費者をデモグラフィックデータやサイコグラフィックデータでカテゴリー化し、そのカテゴリーのニーズを探りながら商品開発をしてマーケットに提供しても、そのカテゴリーの消費者がその商品を購入するとは限らない。ニーズを探るよりも、消費者が取り組み解決しようとするJobに着目する必要がある」というのが、ここでの趣旨である。

その考え方をさらに進めたのが「Jobs to Be Done:顧客のニーズを見極めよ」だと考えるのが妥当だと思うのだが、マーケティングを考えるにあたって、特に自分自身で改めて注目したいところが、まさに冒頭で書かれている以下の部分であった。

根本的な問題は、企業が生み出す大量の顧客データの大部分が、相関関係を示す構造になっていることである。
(中略)
それは、企業が相関関係に焦点を当てると、そして顧客情報をよりよく知ることを重視すると、その企業は間違った方向に進んでしまう。

私は、普段デジタルマーケティング、インターネット広告の業界に身を置いている。まさに、消費者のWeb行動をデータ化し、そのデータを分析しながらインターネット広告施策やマーケティング施策の提案実行を行っている業界である。インターネットが普及し、デジタルが身近になり、消費者はさまざまなデジタル機器やデジタル情報に囲まれて生活をしている。デジタル機器は消費者の様々なデータを取得し蓄積しデータベース化している。デジタル機器を使う以上、利用データのトランザクションは避けられないし、そうやって蓄積されたデータが消費者の利便性に還元されていることも事実である。そして、マーケティングのデジタル化とは何か?と言われれば、それはデータの活用そのものが、マーケティングのデジタル化といえるのだということは、ほぼ異論はないであろう。

ところが、データを活用したマーケティングを行っている我々は、ここでクリステンセンに「データ化された顧客情報の大部分は相関関係を示しており、相関関係だけでは消費者のJobには応えられないのではないか」と疑問を投げかけられているのである。

インターネット広告は、消費者の興味や関心に合わせで広告を出稿することができます」というのは、よく聞くインターネット広告のセールストークである。

元来、広告を出稿する時には、アナログの時代ーいわゆるマスメディアの時代から各種のデータを活用してきた。それはテレビや新聞が調査によって収集した「読者に関するデータ」であり、実際のどのくらい見られたのかの視聴行動データである。それは、どの様な読者がそのメディアを見ているのか?性別、年齢、職業、居住地域などのデモグラフィックデータや、趣味・嗜好、生活信条などのサイコグラフィックデータであっり、世帯視聴率、個人視聴率、発行部数であった。マスメディアからインターネット広告になると、それらのメディアデータに加えて、Webでの行動データをリアルタイムに取得し、どの様なサイトをどのくらいの時間見ていたのか、見たページの順番はどうだったのかといったサイト閲覧行動から、その後に何を購入したのかといった購買履歴までが広告出稿のためのデータとして利用されている。

実際の広告出稿プランを作るにあたっては、広告主はまず「購入して欲しい消費者像(あるいは購入するだろうと想定する消費者像)」を明確にし、それを広告ターゲットとして設定する。次に、そのターゲットが見ていると想定されるWebサイトや広告スペースはどの様なものが良いのかを上記の様々なデータを使って検討し、その検討結果に合わせて広告を配信する。広告が配信され、ターゲットがその広告を目にしてクリックすればそのクリック数やクリック後の行動はリアルタイムで収集される。そして、次に配信する場合にはどのサイトに出稿するのが適切なのか、配信するタイミングや時間帯がどこが良いのか、どの広告クリエイティブやメッセージがもっとも売り上げが上がるのかまでが適宜判断され、広告配信パターンは逐次最適化が行われていく。
さて、これはクリステンセンのいう「顧客のJobに着目」したマーケティング活動であると言えるであろうか。「消費者の行動と売上の相関関係をもとにした広告アプローチでしかないのではないか」といった指摘に対して反論は可能だろうかと言った疑問が生まれてくる。

また、アドネットワークではリターゲティングという手法がよく使われる。リターゲティングというのは、一度自社のWebサイトに訪問した消費者に対して追いかけるように広告を配信することである。そこには、「自社のサイトに訪問したのだから、サイト内で閲覧した商品について興味があるに違いない。したがって、リマインド(再想起)・再誘引の為に広告を出稿する」といった意図があると考えられる。しかし、消費者サイドから見て「先ほど閲覧したサイトの商品」が、他のサイトの閲覧時にも追いかける様に出てくるということは、消費者のJobを考慮した結果であると言えるだろうか。これもまた、一度ある商品を調べたことがある人のデータとその商品を購入した実績という相関関係だけをものにマーケティング施策を検討した結果ではないのか?といった指摘に対して反論することは同様に可能だろうか。

「インターネット広告は、消費者の興味や関心に合わせで広告を出稿することができます」というが、それは単にデータから相関性の高い条件を洗い出して広告を出稿しているだけであり、消費者のJobを考察した結果としてマーケティングアプローチとはいえないのではないか?という指摘に十分に反論できる材料を、実は現在のデジタルマーケティングで行われている考え方は持ち合わせていないというのが実体であると私には思えるのである。

確かに、デジタル時代になってアナログ自体とは比べ物にならない顧客データ(Web行動データ、プロフィールデータ、購買データ等)が取得可能となり、さらにそれが単体ではなく連携した形での分析し保有することが可能になった。広告主の想定する「ターゲット」をより詳細なデータから浮き彫りにし、そのターゲットに対してアプローチをする手法は精度が高くなったということは言えるであろう。しかし、それはクリステンセンが「(購入者と)他の購入者セグメントとの相関関係を見出そうとするマーケターは、彼の本当の購入動機にはたどり着けないだろう」との指摘を振り切り「本当の動機」にたどり着く方法であると言えるだろうか。おそらく、最も効率の良い相関関係を見つけ、そこに資本投下を集中しようとしているに過ぎない。

もちろん、投下資本の効率化は経営視点からみると短期的には重要であることは間違いないが、長期的に見て効率化以外の効果、例えば関係性の構築や価値向上と言った成果はそのプロセスが見えてこない。

実際に、今までも見てきた様な広告出稿プロセスの中では、消費者の真のモチベーションにたどり着こうとするステップは存在していないではないだろうか。真のモチベーションに到達しようとする替わりに、KPIとして設定されるクリック数や売上を最大化していく運用手法の追求効率的なツール導入バズる手法の開発の方に注目があたっているのが現実ではないだろうか。個人的には、そこからは永遠の効率化と最適化を求めて迷宮に入り込む様な閉塞感を感じてしまうのである。

本来、マーケティングや広告の役割は、消費者のニーズを探り、商品やブランドの価値を高め、購入や選択動機付けを行いながら新たなマーケットの創造と拡大を行っていくものである。

その為に、クリステンセンは「顧客のJob」に着目すべきだると指摘しているが、その視点こそが、いまデジタルマーケティングという概念が運用手法やKPI達成のための成功Tips、マーケティング業務を自動化させるパッケージソリューション販売のみにとどまってしまいそうな閉塞感から抜け出すためのヒントとなるのではないだろうか。

#DIAMONDハーバードビジネスレビュー

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