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「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」感想(詳細版その2)

前回の続き。ほぼ最終回。


安彦さんっぽさと富野監督っぽさ

ホワイトベースのクルーも、ドアンと子供たちも、安彦さんデザインの原画に近いキャラクターがそのまま動いているようだ。動き自体も、実写的なめらかさで、「III」を思い出させる。

サザンクロス隊の面々のプロ軍人らしいふてぶてしさも、安彦さんらしくて良かった。

あと、目を覚ましたアムロがドアンと対峙する場面の「私の名はドアン。ククルス・ドアン」の名乗りがトミノセリフっぽくて良かった。

名前を繰り返してフルネームを呼ぶのが富野アニメの定番。「信じよう、レッシィ。ガウ・ハ・レッシィ」とか。

終盤前の盛り上がりは良し

この後、脱走兵を捜索に来たサザンクロス隊に対して、ドアンとアムロが子供を守るために戦う事を決意してクライマックスになだれ込むのかと思ったら、物語はやや複雑さを見せてくる。

中盤以降、急に「ククルス・ドアンは、何者なのか?」と思わせるシーンが続く。

ただの脱走兵で、たまたま流れ着いた島で戦争孤児と暮らしているだけの男なのか?その島に、「たまたま」ジオンの基地があり、その基地の意味(ICBMを発射するトラップのようなもの)に気付き、平和のためにそれを無効化しようと努力していたのか?

または、連邦軍が推測したように残置諜者(撤退した場所に残るスパイ)で、この島に隠されていた核兵器の管理も任されていたのか?

なぜ、島の電気を復旧させることに消極的だったのか?

ドアンは、パイロットの腕もシャアと並び称されるほどだし、ただの「元脱走兵の世捨て人」とも思えない複雑な人物だったが、100分の映画のメインキャラクターなので、こういう背景は必要な肉付けだったのだろう。その点はいいと思う。

語らない余韻?不親切?そして人物造形

しかし、この映画では、物語の背景や設定の説明が一切ない。みんなが知っているガンダムだから、いまさら「レーダーなどの電波兵器を無効化するミノフスキー粒子の…」と永井一郎さんのナレーションがないのは(故人でもあり)仕方ないが、例えばドアンが「私は、○○侵攻作戦に従軍し、戦争の悲惨さを目の当たりにした事をきっかけに軍を抜け、この島で子供たちと暮らし始めた…」と語ってくれるだけでハッキリするのだが、演出方針なのか、物語の中の事実だけを通して想像するしかない。

一方で、サザンクロス隊のメンバーも個性豊かで、職業軍人らしくて物語に活かせそうなのに、行動が薄っぺらだった。

サザンクロス隊の現隊長は、前任者のドアンに対する憎しみだけで行動する人物で、深みがない。ドアンを信奉する殺人狂的な新人も、ドアンと因縁のありそうな女性隊員(伊藤静が声を当てている)も居たが、ドアンにあっさり撃破される。

冷静なスナイパーの兵士も、ICBMの発射装置を再起動して地球の大都市を核攻撃する事に何のためらいもない。しかも、この兵士は、アムロの乗るガンダムに踏みつぶされる。ひどい。

結局、全員、ドアンとアムロにぶち殺される敵役として登場するだけで、人物造形も行動も薄っぺらいのは惜しかった。

陸上用高機動型ザクとドアンのザクのMS戦はスピーディーだが、性能差を埋めるほどのドアンの力量がいまいち説得力を持って伝わってこない。
そんなことを考えながら観ていると、あっという間に戦闘は決着する。

ガンダムがドアンのザクを海に投げ捨てて、「みんな、幸せに暮らせよ」と島を去るのは原作通りだが、無理やりいい話にされた感もある。

良い点も多いが、テーマは何?

原作で悪い意味で伝説的だった作画はレベル違いに高いし、メカのディテールも隔世の感がある進歩だし、ちょっと旧作を思い出させるBGMや森口博子のテーマソングも良かった。

アムロ役の古谷徹さんやカイ・シデン役の古川登志夫さんの、年齢を感じさせない演技はよかったし、新たにキャスティングされた声優さんも、誰もが違和感のない演技だった。

特に、マク・ベ役は故人の塩沢兼人さんとそっくりだった。銀英伝のオーベルシュタインもやって欲しい。

では、何が気に入らないかというと、せっかく100分超の映画を作ったのに、どこにテーマがあるのかはっきりしない点だ。

ガンダムと言えば「人の覚醒」か「戦争の悲惨さ」がテーマだとしっくりくるが、それ以外でも「人生の意味の再発見」「集団で頑張る事のすばらしさ」等々でもいいと思う。しかし、本作にはどこにもテーマがない気がする。

厳しい言い方になるが、この作品の監督が絵を描く人である安彦さんだったことが原因なのではないかと思う。富野監督が「総監督」としてでも関わっていれば、物語に一本の線が通ってくれたのかもしれない。

旧作よりもはるかに高レベルなモビルスーツが動く絵を観ることができて、入場料分の元は取ったと思いたい。それでも、「富野監督が作る宇宙世紀のガンダムを観たかった」と感じるのは、信者のかなえられるはずのない願望だろうか?

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