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60歳がゴールじゃない。

副題:人生は4×100メートルリレーに似ている。

昔:人生80年(現役60年)。今:人生100年(現役80年)。昨年「80歳までは現役第一線で活躍できる」話をしました。

となると、これからは80歳までの生き方が大事になってきます。人生は人それぞれですが、陸上の人気競技「4×100mリレー」に置き換えると味わい深かったので、お話しします。

  0〜19歳:第一走者
20〜39歳:第二走者
40〜59歳:第三走者
60〜79歳:第四走者
80〜終身:ウィニングラン

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1走 : オギャアから青春時代

第一走者は、勢いよく飛び出し、何も考えず全力で走る。とにかく勢いが重要。それが10代、青春時代。「うわぁぁぁ!!!」と声を上げながら全力疾走。ここでの差は、ついたとしても、レースにおいて実は大したことはない。あとでどうにでも挽回できる。オリンピックでも各国、終盤に実力のあるランナーを残していることが多い。

400メートルリレーを思い出して欲しい。第一、第二走者ぐらいだと、どこが何位なのかよくわからない。トラックの半径差で、アウトコースの方が先行しているように見えるからだ。つまり「見かけ上」の優劣に左右されがちな時期。思春期などは特にそういうことが多い。自分の見た目や性格、能力のことで必要以上に悩む。だが、リレー同様、ここでの順位は正直、あまり気にする必要がない。

小学校のときは、ものすごい神童だったり、スラリとしてカッコよかったり、運動神経抜群だったり、話が面白くてクラスの人気者だったり・・・が、大人になってからどうなるかは、わからないのと一緒。顔が超カッコ良くて女子にモテモテだったけど、同窓会で会ったら髪が薄くなって太ってしまって冴えないオッサンに、、とか。でも、その彼と話してみたら「昔は鼻につく感じだったけど、ものすごくいいヤツ」になってたり・・・

人生のスタートは、まさに子供が無邪気に走り回るところから始まり、青春時代にいろいろ悩んで足がなかなか思うように前に出ないこともあるだろうが、とにかくガムシャラに駆け抜けることが大事な時期。


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2走 : 社会へ出る。人生の基盤をつくる。

第二走者は、少し落ち着いて、その先レースをどう展開させるかの重要な位置付けになる。3走/4走にどう繋ぐか、ここの走り方で、その先の展開が変わってくる。遅れたり失速も、できればしたくない。かといって、めちゃくちゃ速く走ることが求められるか、というとそうでもない。もちろん速く走れれば、それに越したことはないが、大事なのは「いい位置で第三走者にバトンをつなぐこと」。

多くの人が就職し、家庭を持つなど、自分の人生の基盤をつくる時。一見、この「20〜39歳まで」が人生で最も大切に思えるが、そうでもない。大切なのは間違いないが、一番ではない。人生100年時代なのだ。だから、あくまで基盤づくり。着実・堅実に次へバトンをつなぐ、が、ここの役割。もちろん、ここで早くも足がもつれ、波乱万丈型も出現。仕事がうまくいかなくなったり、私生活が乱れたり、荒れたり。実際のレースでもコケる人が出はじめるのが2走。そして、バックストレートなので、テレビ画面の見た目にも、各人の走力がわかりやすく見える場面。差がつきはじめるのも、この2走。しかし、その時の順位がどうあれ、まだそれぞれが「メダルを目指し」て全力疾走中。


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3走 : ドラマを生む、人生の曲がり角

第三走者には、いろんなドラマが起きる。競技場のトラックでは第三コーナーから第四コーナーという「コーナー」を走る。まさに人生の曲がり角。ここをうまく回れば、ゴールが見えてくる。そしてここに、力のあるランナーを置く国がオリンピックでも多い。勝負の分かれ道になることが多いからだ。よって「人生で一番大事な時期はどこ?」と聞かれれば、「40歳〜59歳」と答える。経験/能力ともに、4人の中で最も求められるのが第三走者だ。

そして、バトンパスのミスも起きがちなのも、第二→第三→第四走者間での「第三走者がらみ」が多い。本人には想定外ながら「気をつけないと割とありがち」な事故がおきる。人生においては「生活習慣病」の露見や、不意に思いもよらぬ病気に罹患することもあり、配偶者や子供を持つ人だと、家族との関係が難しくなることもある。仕事場でも、世代の上下や、会社とお客、各種しがらみ、いろんなものに挟まれる時期。

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自営業・会社員・フリーランス・職人など「職業」においても、だいたいのことが見え、悟りの境地になる時期。そのまま成り行きで過ごす人が大半の中、新たなギアチェンジ(転職など)をする人もいる。

また、それまで繋いできたバトンの重みが重くなってくるタイミングでもある。男女とも、会社員であれば管理職に就くなど、仕事で「大役」を担う年齢でもあるが、男性の場合、厄年における「大厄」もこのタームの序盤にくる。

レースにおけるおおよその大勢は、3走の終盤になると見えつつあるが、先頭争いは、ちょうどデッドヒート。サラリーマン的には、役員とか社長を争う人たちは、ここでものすごい火花を散らす感じ。

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主婦として家庭を守ってきたお母さん、のような方も、この時期に子育てが一段落して新たに仕事をはじめる人もいる。もちろん仕事だけでなく、新たな趣味や活動なども。

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そして「子育てがひと段落したので、お店でバイトをはじめた主婦」が、ある一部上場企業の役員になった話や、趣味ではじめた小物づくりが高じて起業し、いつの間にか年商数億円の会社社長になった妻、の話を聞くと、人生は本当に面白いなと思う。第3走者=40歳〜59歳は、ドラマを生む「人生の曲がり角」である。


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4走 : すがすがしくゴールできるか?

アンカーである第4走者は、ゴールテープ目掛けて、ひたすら真っ直ぐ走る。アンカーで1位と2位の逆転は、実はあんまりない気がする。逆転がよくあるのは、3走から4走にバトンが渡る「バトンゾーン」の数メートル(あくまで私の記憶による主観)。

3走→4走へバトンの受け渡しがうまくいくかどうかが最終順位に影響する。人生でいえば「切り替え」がうまくできるか。60歳の定年を迎えたが、会社に残って65歳とか70歳まで働くか、リタイアして第二の人生を謳歌するか。あるいは、全く違う仕事を新たにはじめるか。

出世が早く、同期で一番早く課長に昇進し、周りからも「末は社長か」なんて言われてたAさん。ところが部長にはなれず、60歳の定年後も定年延長制度を使って会社に残り、大して仕事もできないくせに威張ってて周りから嫌われる存在に。家庭でも60歳になったとたんに、奥さんから「熟年離婚」を切り出される始末。これは、第二走者がすごい速かったが、第三走者が徐々に遅れ、バトンパスも乱れてアンカーで大失速したケース。(ちょっと悲惨ではありますが・・・)

逆にサラリーマン時代は、人柄はよいけど仕事はあまりパッとしなかったBさん。定年と同時に退職し、第二の人生として、もともと興味があった家庭菜園をはじめる。ここで作った野菜がおいしくて、周囲におすそわけしてるうちに評判になり、ネットを通じて売るようになって、けっこう稼げるようになり、3年後には法人化して人も雇い、社長に就任。テレビ取材もされて、ちょっとした「時の人」に。

このように、人生においては「切り替え」と表現したが、競技でも「第三走者からアンカーへのバトンパス」が最後のバトンパスにして、一番難しいバトンパスであることは、何となく、皆さんご理解いただけるかと。

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実際のレースでは、2位以下の順位は、アンカーで割と変動する。中には、メダルが取れないと諦めてゴール手前で力を抜く走者。そして、その走者を抜いて6位から5位にあがろうと懸命に走る走者。さらには、あまりの緊張で足がつり、ゴールできなくなってしまった走者。あのジャマイカも、2017年の世界陸上決勝では、アンカーのウサイン・ボルトが走り出した直後に足を痛めてうずくまり、途中棄権だった。人生同様、最後まで何が起こるかわからない

第四走者は「さあ、集大成だ」という雰囲気よりも「最後まで全力で走る」ことが求められる「走者」であり、勝負を決するアンカーだ。順位はどうあれ、最後、どうゴールラインを駆け抜けるか。「最後の1メートル、1センチまで、全力で駆け抜けたい」と思うか、それとも「勝負が決まってるから、それなりに適当で」と思うか。

「60歳〜80歳まで全力で走れとは何たること」と思う人もいるだろう。定年後は「余生」と言われてきたわけだし。本来は「クールダウン」でジョギングする年月。ただ、繋いできたバトンを受けて走るというふうに考えたら、自分の人生、最後まで全力で走ってもいい気がするし、それがカッコいいとも思う。

走り終えたあとの「すがすがしさ」も、全力か否かで、だいぶ違うだろう。

もちろん、人生は競い合うものではない。順位を争うものでもない。レースに例えるのはどうかという意見もあるだろう。ただ、私たちは、子供の頃から「競争社会」に放り込まれる。そして人は集団で生きる以上、どこにいてもある程度の競争はある。そして、人生は永遠に続くものではなく、スタートからゴールという設定がある。周囲と比較するか否かは置いといても、人生はその人にとってのレース。それらを「リレー」というメタファで表現したまでのことだ。


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終章 : 「日本人ならでは」の妙

何で、このリレーに例えるのがいいか、と言うと、4×100メートルリレーの勝敗を決める要素は、足の速さだけではなくて、バトンパスもかなり重要な要素だから。体格・身体能力で欧米・アフリカ勢に劣る日本が銀や銅のメダルを取れるのは、このバトンパスを繰り返し練習して「世界一」とも言われる武器にしたから。そして、どんなに足が速いチームでも、バトンを落としたらあっさり負ける。持って生まれたものだけで勝負が決まるモノでもないところが、人生と似てるな、と。

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4人のランナーは、同じ距離を「走る」のだが、それぞれの場面で役割・意味を持つ。出れる大会とか順位とかも、もちろん大事だが、それぞれの区間をどうやって走り切るか。どう「楽しく/しんどく」「うつくしく/泥臭く」「全力で/脱力で」人生を駆け抜けるか。

時には「楽しく・泥臭く」、時には「しんどく・脱力で」、時には「うつくしく・全力で」。人生いろいろ、走り方もいろいろ

そうそう、80〜終身の「ウィニングラン」に触れずに終わるところでした。80歳過ぎたら、つまり、リレーでゴールした後は、力を抜いて、自分のやってきたことを自分で褒め称えながら、トラックをゆっくりゆっくり一周して噛み締める時間に。どんな人生を歩もうとも、自分らしく全力で生きてきたなら「人生の勝者」。そのウィニング・ラン、です。そのとき、順位は関係ありません。

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僕は今、3走で第三コーナーから第四コーナーの途中くらいですが、まだまだ全力で走りますよ。60歳になったら始めようと思ってるスポーツもありますし。ちなみに私は第三コーナーで大きくコケて、一度コースアウトしましたが、また歩き始めました。

全力を出し切って、すがすがしい気持ちでゴールして、そのあと、ゆっくりとウィニングランで余韻に浸れるような人生であれば、アッパレだと思いますが、さてさて、どうでしょうかね?

おまけ : 660万キロメートル

リレーと人生だと「あまりに時間軸が違いすぎるだろ!」というツッコミは、もうその通りです。日本記録が37秒43なので、約38秒とすると、一人あたり9.5秒。走者一人に例えた人生20年間は6億3,072万秒になるので、レースと人生には、なんと6,600万倍の差があります。ですから、実際には

「4×660万キロ・リレー」

ですw。いち走者あたり、地球165周が担当ですww。

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なので、途中でコケても、ゆっくり立ち上がってから挽回できるし、一度コースアウトしても、また戻ってきて大逆転できたり、というのが十分に可能。それが「リレー」と「人生」の大きな違いです。あのボルトにだって、地球165周する間だったら、アナタでも何とか勝負になりそうな気が・・・しませんか?

いま、アナタが第何走者かわかりませんが、noteクリエイターの大半が第四走者以前かと。なので、この話で人生を今まで以上に前向きに捉えてもらえたら幸いです。いま第四走者の方は、これまでの走者を讃えつつ、バトンを握り直してください!

60歳は三度目のハタチ

なぜ走者を20歳単位で分けたのか。そこに大きな意味はありませんが、二十歳(ハタチ)が子供と大人の「境界線」なことにヒントを得ました。また、1992年の伊勢丹の広告キャッチコピー「四十才は二度目のハタチ」は有名です。これに習うと「60歳は三度目のハタチ」。そして「三度目の成人式」です。二度来ることは三度来る。そして現役引退の80歳を迎える。

10年後の三度目の成人式までに、いまより立派なオトナになっていたい。それを目標に、私はこれからの人生を、自分らしくありのままに、謳歌します。できるだけ楽しんで♪

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