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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part2-1

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.2『現場下見』 -1

【前話】

 集会所を出て北の方角を見ると、アメンテリジェンスマンションがそびえている。低層住宅の先にそびえる幅約40mのその塔は、やはり威圧的だ。

 春日居に建物を指し示しながら概要を説明する。

 プレキャストコンクリート造の22階建てで、高さ約75m。1階あたり15戸の住居があり、約300世帯が住む。住人の数は1,000人にのぼるかもしれない。
 地下に免震層およびマシンピット、貯水槽がある。1Fに管理諸室。11Fに災害時予備施設、管理サーバーセンター。屋上にマシンスペースと緊急時用へリポート。

「いまさらだけど、ひとつの建物にこんだけ人が住んでるって、驚き」
「昔だったら町一つ分くらいはあるのかな」
「町だってんなら、中に食べ物屋の一つも欲しいけど」

 ■

 町会長の案内でマンションにたどり着く。塔の周辺は歩道と植栽に囲まれて広々としているが、建物の大質量による圧迫感は否めない。ベンチや人工せせらぎもあるが、平日の日中ゆえか誰もいなかった。

 だが全体として綺麗だ。手入れの行き届いた花壇は素人臭さがなく、造園家を入れて整備していることを伺わせる。歩道は砂埃も、黒く固化したガムあともない。

 建物の間近で外壁を見上げると、自己修復塗料仕上げの外壁と、バルコニーの高耐久手摺が空の青を写している。ひび割れや塗装材の弛みはない。それどころか汚れ一つない。普通、50年も経てばそれなりに劣化も見えてくるものだが。

「どこも綺麗にされていますね」
「理事会の自主的清掃のおかげでしょう。熱心ですよ、ここの人達は」

 乾いた笑いとともにそう言った理事の様子からして、アメンテリジェンスマンション住民の『熱心』はそれなり以上のようだ。いまから気が重い。

 オートロックスライドドアの前に理事長が立つと、音もなく強化ガラス戸が左右に滑った。その奥にも同じドアがあり、一瞬の間をおいて開く。風除室の出入り口を利用した二重ロックということか。

 そこを抜けるとようやくエントランスホールに入ったようだった。事前に受け取った図面通り、ホールはこの建物を貫く吹き抜けの真下に位置していることがわかる。見上げると、鏡の中にいるかのようだ。いびつな八角系が合わせ鏡の鏡像のように連なっていき、青い空の見えるトップライトで行き止る。

 八角形は、東西南北の四辺が長く、その南辺に小さなレールが二すじ据えつけられて最上階まで伸びている。ちょうど上から貨物車がそこを滑り降りて来た。上階のどこかに荷物を届けてきたのだろう。レールを抱え込んだ快速の芋虫みたいなその姿は、ちょっとかわいらしい。

 外部から直接来るドローン宅配便は11階の受け入れ口、通称『はと小屋』から入ってくるようだ。万華鏡の横穴から四連ジャイロのドローンがダンボールを持って飛び着たり、きびきびと竪穴を降りていく。かと思えば別の階から飛び出たピザ配達のドローンが、帰還用ルーチンによる高速飛行でバレルロールしながら『はと小屋』に吸い込まれていった。

 図面他かなりの情報が出揃っているし、管理システムも覗かせてもらえることになっている。とはいえ、これほど巨大な建物を相手にするのは初めてのこと。しかも理事会にあるだろう、いざこざの種も見つけなければならない。緊張で体がこわばる。

 かつん、と胸に下げたARグラスをつつかれる。いつのまにか隣にいた春日居だった。

「建物はまかせる。例の件はウチが当たってみるよ」

 そう言いながら元木会長にも目配せしてみせる。彼は穏やかにうなずいた。

 彼女は対外交渉がどんどん上手くなっている。はじめて出会ったときから確実に成長しているようだ。まかせても大丈夫だろう。

「今日は下見だから、あまり張り切らないでいいよ」
「へいへい。アンタもね」

 そう。今日は下見。本格的な調査はまた今度。意気込むのはその時までとっておこう。

 改めて吹き抜けを見回す。怪訝な表情でこちらを見下ろす人々と、目があった。

【続く】

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