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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part2-2

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.2『現場下見』 -2

【前話】

 ■

 1階のゴミ集積室を覗く。ちょうど居住者らしきご婦人2人が清掃をしているところだった。部屋を覗くぼくたちを見て首をかしげている。その後ろに大型の機械が二つ、壁に埋まっている。各階からゴミを集める集積ステーションと、そこからいくつかの資源をより分ける簡易分別機だ。

 ステーションから覗いている運搬コンベアは汚れがあるものの、良く手入れされているのがわかる。簡易分別機からは真新しいオイルの香りがして、腐敗臭はほぼ感じられない。機械を擁する壁にひび割れがあるが、格子状のそのパターンはブロック壁だろう。問題にはならないはずだ。

 さらに近づいて壁を見ようと室内に踏み込む。それを遮るように婦人方が立ち塞がった。


「失礼ですが、どちらさまで」
「あ、お騒がせしております。こういうものでして」

 名刺と説明資料をホロ表示し、理事長の認可を受けている旨を説明する。だがなかなか警戒を解いてもらえない。婦人の一人は自らを壁とし、もう一人のご婦人はこちらを伺いながら端末を操作していた。

「理事会からはなんにも報告ないですけど?」

 どうやら彼女はマンションのネットワークにアクセスしていたらしい。端末から分厚い3Dの『今日の予定』という文字が飛びだしたが、その下にはいくつかの清掃予定が書き込まれているだけ。ぼくたちのことは書かれていない。壁婦人はモップの先端をこちらに向け、詰問するような鋭い視線を投げて寄越した。

 思わず町会長と春日居を振り向く。春日居は目を丸くし、町会長は眉間にしわを寄せていた。

「町会長、本日の下見は理事長さんもご存知でしたよね」
「ええ。ただ理事長が理事会ネットに反映しているかは別です」

 首を振りながら町会長は腕の端末に触れる。空中にオープン会話を示すホログラフが浮かび、数度点滅した後、能荏理事長が姿を現した。

『おやどうも』
「先ほどはどうも。いま下見をさせていただいてるんですが、住民の方がそのことをご存じないみたいなんですよ」
『おや』
「お手数なんですが、理事会ネットでお知らせ願えませんか」
『はいはい。今ね』

 ホログラフの能荏理事長が体をゆすると、ご婦人2人の端末がそれぞれにぎやかな音を立てる。すぐさまそれを覗き込むと、笑顔で頷いた。

「理事長さーん、りょうかいしましたー」
『おや!いらしたんですか』
「ええ。知らない人たちがいるもんだから、びっくりしちゃった!」
『お手数おかけしましたな』
「いーえ!それよりもね、4階の牧野さんなんだけど」

 そのまま他人の端末越しに3人は世間話をはじめた。そっと心の中でため息をつく。理事長といい婦人方といい、ここの居住者はちょっと独特だ。

『ああ、それは良いことですなぁ』
「でしょう?やっと馴染んで来てくれたってことよねぇ」
『今度の映画会にも誘ってみましょう』

 会話が途切れる気配がない。町会長が端末を引っ込めようとしているが、婦人方がかぶりつくように端末に接近していて離せそうにない。
 仕方ない。わざとらしく町会長の目の前に踏み込んだ。

「町会長さん、次の場所へ移りたいのですが、よろしいですか?」
「ああ。そうですね。では理事長さん、また」

 やや無理やりに会話を切り上げると、婦人達は不満げな顔をした。けどもそれも一瞬のことで、一言二言挨拶をしてさっさと部屋の奥へ行ってしまった。

 町会長が理事長に挨拶して端末を切ると、隣に並んで耳打ちしてきた。

「みなさん熱心でしょ」

 その顔からは苦労と疲労の色が見て取れた。

「さきほど春日居と話していたんです。このマンションは町だと」
 実際のところはムラのようですが」
「ハハハ・・・」

 ■

「郵便物集配室、医務室、事務室、会議室・・・1階はこれで終了ですね先生」

 春日居はデジタルリストにチェックを入れ終えると、再び吹き抜けを見上げた。5階あたりから子供達やその親が見下ろしている。彼女がそれに向かって手を振るが、珍しいものを見る目つきで見返されるだけだった。

「了解、ここまでにしましょう。今日の結果から本番の調査範囲と日程を決めてご連絡します」
「わかりました。では出ましょうか」

 町会長は見るからにほっとした様子できびすを返した。さっさとエントランスへ歩いていく。早く出たかったのだろう。その気持ちがわかる気がする。

 あらためて長大な吹き抜け空間を見上げる。天窓ははるか上にあるはずなのに、妙に眩しい。空調の風がうねりを持って顔にぶつかってくる。気圧のせいか耳鳴りがする。この空間は、妙に居心地が悪い。

 春日居も同じらしく、町会長に追いつくと談笑しながら外へと向かった。本当はもう少し見て回りたかったが、まぁいいだろう。ともかくデータはあるだけ借りられるのだから。事務所でゆっくり計画を練り、本調査で見るべきところを絞り込むとしよう。

 あとは町会長の依頼に関するものが見つかるかどうか。いまのところ厄介な人々が集まり済んでいる住居という印象しかない。

 ■

【続く】

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