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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part1-2

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.1『受注』 -2

【前話】

「じゃ、これで」
「はい。また調査の時に」
「はいはい」

 打合せを終え、能荏理事長はさっさと出て行ってしまった。あっけにとられる早さだったが、長居されるよりはいい。

「さて、播磨さん」

 元木町会長は戸が閉まるのを見計らって、背筋を正した。

「このたびはご協力頂きありがとうございます」
「いえ。こちらこそお声がけ頂いてありがとうございます。マンションの診断は初めてのことですが、良い経験をさせていただけそうです」
「だといいのですが・・・」

 ホログラムを弾き、町会長は一枚のメディア記事を表示する。それはかのアメンテリジェンスマンションに関するもので、見出しは同マンションの優れた管理体制を称える内容だった。

 写真も添えられている。どうやら外壁を清掃している人物の写真らしい。読み進めるにつれ、それがマンションの住民であることがわかった。

「とび職の方もお住まいなんですか」

 写真の住民は安全帯を外壁をめぐるワイヤーにかけ、靴幅分程度のメンテナンスバルコニーに立っている。それを指して町会長は首を振った。

「彼は営業職員だと聞いてます。幼児用品か何かの」
「ではロッククライミングかなにかをやっていたとか?」
「いいえ」

 町会長の口調が奇妙な落ち着きを見せはじめた。

「理事長から聞いた話ですが彼はスポーツもあまりしない、マンション内でも比較的没交渉な人物だそうです」

 そんな人物が、目もくらむような高さの狭い足場に立ち、外壁を掃除している。

「あのマンションでこういったことが定期的に行われています。まったくの素人である住民が、高いところの外壁に軽装備で出て作業をするのです。町内会ではそのたびに、危ないからやめろと言っているのですが、聞く耳持ちません」
「あの理事長が、住民に強制させているんでしょうか」
「それが違うようなのです。数年前に町内会で警察にも同行してもらって苦情を言いに行きました。ですが理事長も、外壁清掃した人達も揃って『自発的にやっている』と。警察も簡単に調べてくれましたが事件性が無く、被害者も無いので、それで終わりです」

 奇妙な話だ。

 自己修復系素材と清掃ロボットで日々の修繕をするマンションは多い。50年前の建物では珍しかっただろうが、それでも外壁の清掃にロボットを採用しないわけはない。理由は単純、高所作業は危険だからだ。拭き掃除だけだとしても、強風、悪い足場、恐怖心等々により素人が作業できる環境ではない。

 だが町会長の話が本当なら、アメンテリジェンスマンションはロボットによる外壁清掃をしていない。

「おかしな建物ですね」
「まったくです。あんな事を続けていたらいつか滑落事故で人が亡くなるかもしれない。怖いから掃除しているところを見たくないと、引越してしまう人々もいるくらいです」
「では、私共への本当の依頼はこちらですか」

 身を乗り出して中空の記事を指す春日居に、町会長は頷いた。

「あの建物は何かがおかしい。その何かを見つけて頂きたい。それが見つかれば、法的な手段に訴えて是正させることもできるでしょう。町内の環境向上のため、是非手を貸していただきたいのです」

 美しく整った仕草で町会長は頭を下げた。隣の春日居はすでに乗り気で、会長に向かって小さく頷きかけていた。

 ぼくとしても断わる理由はない。要請はさておき、これほど大きな建物の診断で、依頼料も今までとは段違いだ。キャリアアップ、経営改善は間違いないだろう。しかし、どうしても確かめなければならないことがある。

「状況はわかりました。ぜひお手伝いしたいと思います。ですが」
「なにか?」
「なぜぼくらなのでしょう。もっと実績のある方に依頼されるのが普通だと思うのですが」

 今回の依頼は雷に打たれたようなものだ。まったく知らない人物から大仕事の相談。今日こうして依頼者に会うまで、詐欺に引っかかったのではないかと疑っていたほどだ。

 町会長は朗らかに笑うと、別の資料を浮かべた。受け取って見ると、それはぼくのホワイトムース以来の仕事履歴や勤務態度から性格プロファイリングまで網羅したものだった。

「さる知り合いが貴方を紹介してくれたのです。若く経験不足だが、能力は申し分ないと。それに、大手に依頼すると高くつきます。貴方の所は値段も手ごろだった」

 山田だ。仕事履歴が細かく出来すぎている。ホワイトムース関連の仕事十数件がもらさずリストアップされているが、これは小額仕事だったから銀行にもまとめて報告しているくらいだ。だからこの件数を知っているのは、紹介窓口だった彼しかいない。

「その方は、情報屋さんでしょうか」
「そうです」
「山田さんですか?」
「いや、佐藤です。ただ山田と名乗ることもある、とか。胡散臭いが面白い人ですよ」

 小さく息をついて頷き、資料を返した。作事刑事が以前言っていた通りだ。向うから働きかけてきた。断わる理由がまたひとつ、なくなった。

【続く】

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