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ゲーム屋人生へのレクイエム 30話

前回までのあらすじ。知人の子供にゲームクリエーターになるにはどうすればいいのか尋ねられた元ゲームクリエーターが自分の過去を語る。アメリカ赴任を待つ間の韓国出張でコピー業者と会ってゲーム業界の闇を見てしまう。その組織は想像を超える大きな集団だった。


「ゲームがゲーム自身を売る」


「また小難しいはなしですね」


「いいゲームはゲームが勝手に売ってくれるということなのよ。

日本滞在中は掘り出し物を探しにメーカーをさまよったり韓国出張してコピーを作ろうとしたりしたでしょ。その時の話。

格闘ゲームのなんちゃらファイターってゲームなんだけどね、アメリカ市場向け限定バージョンっていうのをメーカーが売り出してね。今でもそうだけど誰でも限定っていう言葉に弱いでしょ。ゲームも例外じゃないんだよ。このアメリカ限定を日本のブローカー業者が欲しがってね。こいつをゲーセン業者に売ったら儲かるぞって。でも直接メーカーから買うことはできない。だってアメリカ限定だからね。どこのメーカーもそれぞれの市場、アメリカ支社、ヨーロッパ支社、アジア支社はそれぞれお互いの縄張りを荒らさないって不文律があるのよ。まあ、例外はいつもあるんだけどね。

このアメリカ限定はアメリカでしか手に入らない。そこでアメリカにいるブローカー、俺のアメリカ勤務の会社に入手を依頼してきたのよ。

最初は少量の取引からはじめてね。それから追加注文が次々入ってね。それで社長から他のブローカーにも売って来いって言われてに売りに行ったらみんな買う、売ってくれ売ってくれってさ。あっという間に数百枚の基板が売れてさ。数千万円の売り上げだったよ」


「すごいじゃないですか!そんなに売って。技術屋だけじゃなくってセールスもできるんですね」


「ちっともすごくないよ。だって俺は何もしていない。ゲームが勝手に売れただけ。買いますか?買います!こんな感じのやりとりだけだったよ。セールス努力なんぞ何もしてない」


「最初に言ってたゲームがゲーム自身を売るってそういう事なんですね」


「そう。ゲーム業界に凄腕のセールスとか居ないと思う。いいゲームかどうかはどれだけお金が入るかという超客観的な事実のみで評価されるんだよ。そこにはセールスの主観が入る余地はない。嘘ついてお客にクソゲー売ったら数週間後にはそのセールスはお客に吊るしあげられる運命にある。金返せ!この詐欺師がああああ、ってさ」


「怖いですね」


「そう、怖い。この時も俺はすごく怖い思いをした」


「どうしてですか?いっぱい売ってハッピーじゃないですか」


「それがね、社長は最初に取引した会社にはおたくにしか売らないよって約束してたのよ。で、そのあと社長に他の会社にも売って来いって言われたときにさ、最初の客にしか売らない約束してるじゃないですかって言ったらそんなのバレないからよそにも同じようにおたくにしか売りませんって売って来いって。気が進まないまま売り込んだら売れちゃったんだけどさ、俺、嘘つきになっちゃったよって、すげー嫌な感じになってさ」


「バレなかったんですか?」


「バレた」


「怒られた?」


「死ぬほど怒られた。うちは売ってませんよってシラを切ったけど、嘘ついてるって見抜かれてた。激おこぷんぷん丸だよ。そりゃ怒るわな。自分の会社しか取り扱っていないはずの基板があっちこっちに同じものがあるんだから」


「そのあとどうなったんですか?」


「めっちゃ嫌われた。電話しても居留守使われるし、会いに行っても門前払い」


「ありゃー」


「この時に俺は一生セールスにはなるまいって決めた。会社の事情とは言え、嘘をつくことはいかんって思ってさ」


「でもセールスはいつも嘘をつかないといけない訳じゃないでしょ?」


「いつもじゃないけどそういう時もある。方便ですって自由な解釈をしたりすることもあるだろうし。それが俺にはできない。やりたくないのよ。そういうのはそれができる人がやればいい。自分は売る以外の道を進むぞって決めたのよ」


「今回はまじめなはなしですね」


「いつもまじめなはなしだよ!」

続く


*この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体とは一切関係ありません。

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