見出し画像

ネタバレ 読書感想文 森見登美彦「夜行」

 完全ネタバレです。






 古今東西、「夜」は恐ろしい。人類は暗闇に怯え、生きてきました。太陽が多くの文化で神格化されるのに対し、暗闇は忌諱すべきもの、夜は明けるまでやり過ごす時間というのが古来より続く観念です。
 一方で、人類はあかりを灯すことで夜を克服します。夜は現実世界とは一線を画し、背徳的であり、享楽を象徴する魅力的な世界でもあるわけです。

 さて、この物語では、「夜行」という銅版画のシリーズが、この、恐ろしくも魅力的な「夜の世界」の象徴として物語を動かします。
 いずれの版画も、闇の中に立つ女性が誘惑するように手を挙げているというもの。それぞれの章の語り手は、この女性に惹き込まれ、夜の世界である「夜行」の世界で不思議な体験をします。

 このうち、大橋以外の語り手は、「魔境」とも表現される夜の世界に足を踏み入れるものの、最終的には普段どおりに生活していることが示唆されています。
 しかし、大橋の想い女であり、失踪したことになっていた長谷川さんは、銅版画の作者であり、既に故人となっている岸田と結婚し、「曙光」の版画シリーズが存在するパラレルワールドに存在していたことが最後に明らかになりました。

 作中「岸田氏が長谷川さんを見つけだした夜は、私たちが長谷川さんを見失った夜でもある。それは「曙光」が始まった夜でもあり、また「夜行」が始まった夜でもある。」とあります。

 長谷川さんが失踪した世界は、実は大橋(私)と長谷川さんと岸田の3人の関係性によって、大橋が生み出した世界なのでした。(私はそう考えました)
 岸田が尾道で夜に怯えた末、暁の光の中に見つけた長谷川さんの姿、そして、祭りの夜に松明に照らされて頬を赤く染めた長谷川さんとの再会は、夜明けの温かい光そのものでした。
 一方、大橋にとって、長谷川さんと思い出は夜の中にあります。鴨川で彼女のことが好きであることに気づき、祭りに行くきっかけとなった。もし、その祭りの夜に岸田と長谷川さんとの出会いを目の当たりにしたならば。。。
 この瞬間、3人を取り巻く世界から、まるで原板から剥がされた版画のように、反転した夜行の世界が複製されたのです。

 そして大橋は、明けることのない夜行の世界を生きることになりました。長谷川さんへの想いを抱きながら。

 10年間後の祭りの日、大橋は曙光の世界に迷い込み、長谷川さんと再会を果たします。
 改めて愛おしい気持ちで満たされましたが、同時に、夜行と曙光、何方の世界でも、自身の想いを遂げることは叶わないと悟ります。そして、長谷川さんとは2度と会うことはないと決めました。

 その瞬間、大橋は、長い長い闇夜を抜けて、本当の朝を迎えます。目の前にあるのは、朝日に煌く世界。
 大橋は、長谷川さんとの決別によって、夜行を終え、朝にたどり着いたのです。

 読者も、長い夜を乗り越えて、大橋とともに夜明けを迎えたところで物語はおしまい。

 おそらく、最後に大橋が選んだのは、長谷川さんが存在する曙光の世界ではなかった。つまり、大橋が自ら作り出した夜行の世界が、彩りを取り戻したということなのではないかと思います。
 美しくもとても切ない、何とも森見登美彦らしいエンディングです。

 それにしても、森見登美彦の描く女性は、本当に魅力的ですね。今作でも、その仕草や台詞の端々に、恋をしてしまいました。

 長文失礼いたしました。

夜行 (小学館文庫) https://amzn.asia/d/9w7wLr0

#読書 #感想文 #小説 #森見登美彦 #夜行

この記事が参加している募集

#読書感想文

187,975件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?