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「非定住」練習生たちの意見交換会

「Practice of Unsettlement」プロジェクトは、現在の都市と居住の形態の持続不可能性に疑問を投げかけ、それを超えた新たな生活の可能性を探求するために「アンセトルメント(非定住)」というキーワードを掲げています。 「アンセトルメント(Unsettlement)」という言葉はトニー・フライというデザイン研究者の概念です。ここでは「非定住」という訳語をあて、その輪郭を探るための実践を行います。

今回は、日々試行錯誤しながら「アンセトルメント(非定住)」にまつわる実践を行うメンバーによるプレゼンテーションと、それに対するクリティークや議論の様子をまとめました。具体的な実践を机に並べて行われた議論では、未だ近代的な都市生活の大部分を占める「定住」のオルタナティブを考えるための問いやキーワードが飛び交いました。

(文字数の関係上、髙部・須藤・佐古田によるプレゼンテーションと質疑の内容のみを抜粋して掲載しています。)



1. 自律・分散・協調の水インフラ

プレゼンター 髙部達也(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士1年)

髙部:僕は大学の卒業制作で進めてきた、自律分散協調型の水供給インフラの整備と、その民主化に関する取り組みを今回の企画展に出展しようと考えています。実際に一人で学校内に3つの井戸を掘り、水が使えるように整備をしました。このプロジェクトは、水インフラの井戸を誰でもどこでも楽しめるようにすることを目的としています。僕はこれを「水インフラの民主化」と呼んでいます。
本プロジェクトは①自律 ②分散 ③協調の3つの柱によって構成されています。具体的な内容は以下の通りです。

  1. 誰でもどこでも水を楽しむための簡易的な井戸整備システムの開発

  2. 1の方法をまとめた井戸掘りレシピ

  3. 分散化した井戸郡を可視化し、個々の井戸の状況を知ることのできるマッピングサービス です。

「井戸を掘る」っていうと、なんとなく昔に立ち返るという印象を受ける方もいるかと思います。生環境構築史の中谷さんの書いたダイアグラムで言うところの構築1や2ですね。でもそうではなくて、今あるテクノロジーを使いつつかつての井戸掘りを新たな文脈で捉え直すという、構築4のような方向性を目指しています。

生環境構築史概念図(中谷礼仁、松田法子、青井哲人)

2. サービスをどう開いていくか

質疑

宮本(Poietica):このアイデアを実際のサービスに落とし込んだ時に、今構想しているものとは提案自体が変わってくるのではないかと思って聞いていたんですが、その辺りについてはどうお考えでしょうか?

髙部:どのようにサービスを民主化していくかということについては、ちょうど最近悩んでいました。「自律分散協調型水インフラ」というアイデアを実際に生活の中で使えるサービスにまで落とし込む際、多くのサービス受益者に対してノウハウを分かりやすく共有する必要があると思っています。しかし一方で、自分の考えたアイデアでビジネスを行っていく上では、そのサービスに関する情報(アイデアからノウハウまで)をどこまで共有するのが妥当か、その線引きはとても難しいところです。
また、技術的な側面に関しては、僕が開発した工法では硬質な地盤への採掘は適さないので、全国どこでも掘れるわけではないという課題が残っています。

佐古田(Architect): 例えばDIYが流行っていますが、建築でもなんでも技術をフォーマット化して開いていくときに、当初のクオリティをどうやって担保していくかというのは大きな課題だと思います。DIYのような活動も安全面などからあまり変に悪用されないように、いつかは法規制されるのではと予想しているのですが、このような技術の分散と質・規制の問題にはどのように向き合っていけばいいのでしょうか?

髙部:歴史を振り返れば、高度経済成長期に井戸をどんどん掘っていたら地盤沈下したというような話があると思うんですけど、極端な話この分散化した井戸掘りも広まれば広まるほど同じ轍を踏みかねないですよね。そうならないために、例えば、センシングで井戸が管理できるシステムを作るなどはできるんじゃないかと思っています。まあこの辺りはまだ可能性を模索する必要がありそうですね。

鈴木(DfAR):ソーシャルインフラストラクチャーから離脱して「パーソナルインフラスラクチャー」に移行するというような話があったと思うのですが、新たなシステムを構築する際にどのくらい既存の(ソーシャル)インフラに頼らなくてはいけないところがあったのかが気になります。ドリルはやっぱりホームセンターで買わなきゃいけないだったり、水質調査は自分では行えないなどがあったのではないでしょうか。

髙部:そうですね、既存のインフラにどれだけ頼って良いとするかは、実はまだ定まっていません。一応井戸掘りに使う道具は全てホームセンターで揃うものにしているのですが、それでも世界中どこにでも日本のようなホームセンターがあるわけではないし、かといって全て一から道具や材料を全て手作りするとなると、今度はそのノウハウ自体をどう開いていくのかという問題に直面したり・・・これからも考えていく必要がある課題だと思っています。

高橋(Arts Maebashi, Assistant Curator):高部君の話で感じたのは、インフストラクチャーが人々の定住を支えてきたのだということです。エジプト文明やメソポタミア文明は、水があるところに文明が栄え、食物が育ち、人が増え、王が現れ、権力を誇示する建築が出てきました。高部君のように移動不可能なインフラを移動可能にすることで、共同体の流動性が生まれ、「アンセトルメント(非定住)」的な居住様式が萌芽するのではないかと思いました。

奥田(Poietica):アートのような啓蒙的な見せ方ではなく、既存の水インフラのオルタナティブなり得る可能性が十分に感じられ、非常に興味深いプロジェクトだと思いました。ありがとうございました。


3. 不揃いな木材が作り出すネットワーク

プレゼンター 須藤 望(東京大学大学院建築学専攻修士2年)

須藤:「キメラ集成材NFTプロジェクト」についてお話しします。このプロジェクトは3人で取り組んでいて、昨年度の建築情報学会で展示しました。このプロジェクトで行ったことは主に2つで、

  1. 自然木をロボットアームで加工してつなげた「キメラ的」なインスタレーション

  2. NFTを使って流通の新しい仕組みを作り、林業コミュニティを再編したこと です。

私たちが一番初めに着目したポイントは、既存の木材流通の各工程が完全に分かれてしまっている 点をどうつなげるかという点です。そのため、木材の流通に関して情報が蓄積されていないという問題が起きています。そこで、ブロックチェーンの技術を使えばより透明で価値が担保されるシステムを作ることができると考えました。
また、不揃いな木材をどう活用するかにも関心があり、集成材に着目しました。普通の集成材はフィンガージョイントで接着剤を使いますが、ここでは不揃いな木材にも適用できるようにロボットアームを使って3Dスキャンを行いました。日本各地の18名もの林業家から木材を集めて実験し、かなり面白いインスタレーションになったのではないかと思っています。

インスタレーションの時には、NFTシステムもデモとして作成していて、実際にどう動くかを来場者に体験してもらいました。ロイヤリティの分配アルゴリズムも組み込み、木材をたくさん提供した人には多くの報酬が入るように設計しました。ホームページやビジュアライゼーションも作成し、物の情報量と関係性を可視化しました。木材に関する具体的な情報をNFTに登録することで、所有者や価格、生産地、樹種などの情報が紐づいていきます。
最終的にこのプロジェクトが、どのように持続可能性に関する問題に結びつくかが重要だと考えています。また、NFTの可能性もさらに探求して、展示では柱の一部を置いたり、デモアプリを今よりバージョンアップさせていきたいと考えています。
こんな感じで、このプロジェクトの紹介を終わりたいと思います。

4. もののコンテクストによる価値づけ

質疑

髙部:プロジェクトの上流部分の人々へとNFTを使って追跡し、利益を還元するという目的もあると思うのですが、自分たちが作ったキメラ集成材が商品として自分たちの手を離れた後の構想や、社会実装に向けてどのようにプロジェクトを進めているのかについてお聞きしたいです。

須藤:そうですね。特に林業家の人たちに報告した際に、ロイヤリティの還元や収益の分配方法について多く聞かれました。利益の還元の方法には様々なものがあります。例えば、とても面白い形の集成材を作ってくれた人には多くの報酬を与えるたり、歴史性や社会性のあるプロジェクトにより多くの価値づけがされたり、今の資本主義とは異なる形のシステムを自分たちの手でどのように作っていくかを考えていきたいと思っています。

佐古田:なるほど。それは鈴木健さんの『なめらかな社会とその敵』という本の中で、数式的に扱われようとした議論と関連すると思います。例えばこの本の中では、まだ無名の少年イチローにラーメンを提供した人が、(後のイチローのに寄与したのだから)それに応じたリターンを分配されてもいいじゃないか、という例が書かれていたりします。また、このような貨幣システムに対する批判もなされていて、議論が進んでることでもあります。そういった議論の上で考えることができれば、さらに面白いと思いました。

高橋:さまざまなものが一つの存在として集まったその物体自体を「キメラ」と呼んでいるのですか?

須藤:そうです。そういった意味に加えて、不気味であったり怖い形になっているものをキメラと呼んでいます。海外の方と話すと、キメラは宗教的なものであると捉えられていることがあります。国や背景によって捉え方が違うので、キメラという言葉の意味について考えていきたいです。

高橋:ものそれぞれのコンテクストの「もつれ」によってその存在や社会的価値が生成されているという意味においては、木という存在自体や、それが価値づけされるプロセス、また、木を使う社会自体も同じものだと言えると思います。このような「もつれ」を木材という実態のあるオブジェクトを通して人に伝え、かつそれが社会の諸問題を理解するための入口であるという点はとても面白いと感じました。

奥田:現時点では基本的に木材の選定とかも特に制約はないという感じですか?

須藤:そうですね。樹種はあまりこだわり無く組み込んでいっています。

奥田:なるほど。このプロジェクト、木材の特性や特徴を掘り下げるとさらにいろいろな可能性が広がりそうだなと思います。例えばこの「レジリエンス」をテーマにした作品は、侵略的外来種の木の駆除を目的としていて、そのような木を使って家具を作っています。増えすぎたニホンイタドリという木が、在来の植物たちを圧迫している状況であったことに対する策として行われたプロジェクトだそうです。
このように、木材として切り出されたパーツやその組み合わせだけでなく、歴史的な背景や文脈を考慮した上で、世界に一つだけしかないという新たな価値づけができるのではないでしょうか。こうやって、価値が何なのかを深めのに加え、実装に向けてブラッシュアップしていくこともできるなと思いました。

須藤:確かに、そうですね。このプロジェクトは現在社会実装を目指していて、アートではなくビジネスとして続けていこうと考えています。その上では樹種選びは、めちゃくちゃ大事だなと思いました。


5. 不確かさとともにある

プレゼンター 佐古田晃朗(建築家)

佐古田:今回の発表では、自分がこれまでやってきたことや興味についてお話ししたいと思います。
まずは「エクストラエフェクト」という概念についてです。これは人類学者のアナ・ツィンが提唱したもので、あらゆるインフラストラクチャーがデザインされた当初の目的や影響とは異なるものになってしまう状況を指します。例えば、空き家がそうです。家は元々人が住むためにつくられますよね。しかし現代では、社会構造の変化などによって、多くの家が空き家となって放擲されています。このような状況を捉えるエクストラエフェクトという視点は、現代において重要なものになると考えていて、調査活動を行っていくつもりです。

また修士論文では「エコロジー」をテーマに、ティモシー・モートンや篠原雅武を参照しながら、他なるものと共存することを建築の立場から論じました。そのなかで具体的なプロジェクトとして、マレーシアのアーティスト、シュシ・スライマンらが放擲された建物を改修する例を取り上げました。彼女は、とにかくゆっくりとものごとを進めることを重要視していて、僕自身にとっても長い時間をかけて取り組むことが、重要なテーマになっています。

現在は京都市内で住宅の改修に取り組んでいて、修士論文から発展した「サスペンデッド」ということに注目しています。これは、なんらか計画をするんですが、それがその通りに実行されるかどうかは不確かであることを受け入れること、そのうえで漸次的にものごとに取り組んでいくスタンスを意味していて、「ネガティブ・ケイパビリティ(不確かさにとどまる能力)」とも関連するようなものです。

僕は決め打ちされた計画に対してものごとを従わせるのではなく、ときどきの状況に注意深くアチューンメントしていくことを、これからの設計者のあり方として提示したいです。

まとめますと、まず、エコロジーを重要なテーマとして捉えていて、ただ一緒にいることを可能にする設計のあり方を目指しています。その実現のために、プランに沿わないものを認める緩やかなデザインのあり方を追求しています。そのうえで、空き家や放擲された場所には、このような緩やかなデザインのポテンシャルがあると考えています。
ありがとうございました。

小豆島の空き家

質疑

奥田:発表の中で挙げていた「エクストラエフェクト」は、同じくアナ・ツィンの言う「気づく技法(Arts of Noticing)」という概念に通じるものがあるなと感じました。何かに気づくことや、それに留まることが重要だという。マツタケ本でもそのような概念が出てきます。

エクストラエフェクトが起きる環境においては、計画があってそれを実行する中で、予期せぬ効果が生じることがあります。そして、空き家などはまさにそうだと思うのですが、計画を立てた側からするとそういった影響は、損害であるようにも見えてしまいます。しかし、そうではなくて、その現象自体に向き合い、「問題である」という視点とは異なる形で捉え直していくことが必要なのだと思いました。

佐古田:そうですね。そこで「緩さ」が重要になってくるのだと思います。どうすれば人間は、環境をある程度制御しながらも、粗放的に生きることができるのかという問いです。アナ・ツィンの『フェラルアトラス(Feral Atlas)』というプロジェクトでも、そのような「緩さ」を受け入れるようなアプローチが見られます。建築の世界では、計画通りに進めることが重要視されがちですが、そうではない、現実の不確かさに見合ったアプローチも考えるべきです。

例えば僕は空き家についても、人が住むべきものとして何とかしなければならないとする考え方に疑問を持っています。現在日本には850万軒もの空き家があり、その全てを人に住まわれるものとして何とかするのは非現実的だと思えます。一方で、空き家の問題から撤退するというのも現実的ではありません。そこで、プラン(計画)を持ちながらも、そのプランから外れることを認める「態度」が重要なのではないかと考えたのです。空き家や放擲された場所には、そのような態度が受け入れられる余地があると感じているので、今後はその様な具体的なフィールドへの関わり方を模索していきたいと思います。

高橋:先程のエコロジーについての話ですが、「一緒にいることを可能にする」(Being with)ということだとおっしゃっていて、それが「非定住」を考える上でとても重要だと思いました。定住は物理的にみんな一緒に住んでいる状態ですが、それは社会のルールによって成り立っています。ルールではなく、エトス(倫理観)を共有して一緒にいるという状態が、遊牧と定住の間のステージを考える上で重要だと感じています。

佐古田:そうですね。一緒にいるということは、モートンの引用です。彼は”Becoming with(一緒になる)””Being with(一緒にいる)”は決定的に違うとしています。ルールによって一緒になるのではなく、緩やかに一緒にいるという状態を表す”Being with”が重要であると考えています。
エコロジーを語る上でもこの”Being with”という概念はとても重要で、これを考えるのが「アンセトルメント(非定住)」を理解する上での一つの指針になるのではないかと思っています。

奥田:それは非常に面白いポイントですね。ありがとうございました。
今日のディスカッションでだんだんと、「アンセトルメント(非定住)」という概念の輪郭が見えてきたように感じました。では、今日のミートアップはこれにて終了します。ありがとうございました。


<告知>
私たちは、今後もより多くの人々と非定住の生活様式を考えるために、ワークショップやアイデアソンをおこなっていく予定です。そこで今回の実践を踏まえてブラッシュアップしたワークショップを体験しフィードバックをいただける方を募集します。

ワークショップは2.5hで、7月中旬に開催予定です。もしご興味ある方は下記のフォームからご連絡ください。
テーマ:GXのアンラーニングから始める暮らしのリ・デザインワークショップ
時間:2.5h オンラインにて開催(zoomとMiroを使用します、使用経験がない方はご参加いただく前にご自身で一度使われることを推奨します)
こんな方におすすめ:非定住というテーマに関心を持たれる方、アイデアソンやワークショップの新しい方法論を学びたい方、建築・建設業界で環境問題に取り組まれている方
問い合わせ: info [a]poietica.jp 代表社員 奥田宥聡
申し込みは以下のフォームよりお願いいたします。参加いただく方が決まったのちに詳細の日程やzoomリンクなどお送りさせていただく予定です。(先着20名ほど)

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