人の意見を受け取ると、選択肢が増える。受け取らないと、恥と苦労が増える。かも

子の個人面談 @小学校が、5月、7月、12月に。
3回とも 同じことを A担任に 言われた。

「音読が たどたどしいです。
 来年の学習、 さらに 高学年の学習 ついていけるか 心配です。」

5月の 私。
『はぁ? まだ新学年が 始まった ばかりじゃん。
 気持ち 早すぎない? 私も 音読苦手 だったし。
 でも、 確かに たどたどしい 気もする。
 でも,、 小2だったら こんなもん じゃね?』

7月の 私。
『また 言ってるよ。 練習すれば できるように なるっしょ。』

12月の 私。
『え、人に3回も 同じ事って 言うっけ?
 私が 人に3回も 言う時って 結構深刻な こと・・・ な気が。
 気になる。』

怒濤の 2ヶ月。 教育相談と 診察と 検査と。
結果、 注意欠如と 学習障害と 診断された。
どちらも 一生の お付き合いだそう。

Aぇ担任からは
「えぇ! もう診察と 検査まで?
 行動が とても早いですね。
 診断が 出て 良かったです。
 おかげで 私たちも 指導の 選択肢が 増えるので 助かります。」
逆に 感謝されてしまった。 なんてこった・・・。

先生は 長年 いろんな子供たちを 見てきているから 経験豊富。
私は 日常的に 付き合いのある子供たちは 自分の子2人以外 ないから 未経験豊富。
母親と 言えど、 
私は 育児も 学校の勉強も 医療も 何のプロでもない。

面談や 相談や 診察で 話を聞いていると 思い当たる節が いっぱい。
子は 毎日 とても 悩んでいて。
私に たくさんの SOSを 出していて。

受け取って いないのは 私で。
見て 見ぬふりを しているのは 私で。
『大丈夫、 問題ない』 『まさか、 うちの子が… ないない』と
言い聞かせているのも 私で。

だから、そうだったのか。
だから、あぁだったのか。
だから、こうだったのか。
遅合点。

子供の頃の 私が 今の 私の姿を 見たら 何て言う だろう?
「自分の両親のこと ディスる資格 私に ないんじゃない?」
あぁ、decoboko狂騒。

ま、 こっからですね。
気持ちを 切り替えて 行こう。
そんなに すぐに 変わらないけどね。
Aぇ担任に 恵まれて、 本当に 感謝です。
(ご本人に 口頭 伝達済み! 良し! )

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