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『ハッピーアワー』の「演者の意図」を込めない芝居。

『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』の濱口竜介監督の2015年の映画『ハッピーアワー』をようやくスクリーンで見ることができました。

上映時間なんと・・・5時間17分(笑)
途中2回挟まれる休憩時間のトイレは大行列だし、お腹も空くので持参したチョコやサンドイッチを食べてさらなる上映に望むのは、ピクニック気分というか雪山遭難気分というか(笑)ところが・・・これが意外に長くは感じなかったんですよね。これって3時間の『ドライブ・マイ・カー』を観たときも同じだったんですが、もっと見続けたいと感じてました。

それくらいスクリーン上の人物たち全員が愛おしかった。

それって俳優が素晴らしかったからなのですが、じつは『ハッピーアワー』の俳優は全員演技未経験のアマチュアなんですよね。濱口監督が書いた5時間半の素晴らしい脚本を、彼ら素人俳優たちがドラマチックに演じています。

その芝居を大女優イザベル・ユペールが「彼女たちがしめす一種のイノセンス、それはプロの俳優たちが手に入れたいといつも夢見ているまさにそれです。」と絶賛したわけですが・・・それくらい俳優たちがスクリーン上でのびのびと生きている。

そしてプロの俳優が裸足で逃げ出すくらいの「人間の心の最深部に踏み込んだ演技」が要所要所で出てきて、それがイザベル・ユペールが言うように演技っぽくなく、ひじょうにイノセントに演じられている・・・まるで魔法のような映画でした。

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セリフに感情を込める、とは。

映画『ハッピーアワー』はいわゆる「濱口メソッド」発祥の地というか、そのメソッド確立した作品なので、俳優の口から出るセリフは基本びっくりするくらい「棒読み」です。・・・なのですが、これが映画を見始めて1時間くらいすると違和感がなくなってくるんですよね。だんだん普通に感じられてくるのです。

いやむしろセリフにワザとらしい抑揚が付いてないせいで、逆にセリフのテキストの意味がストレートに伝わってくる・・・ハッとしました。普段我々がテレビや映画で普通に聴き慣れてる「俳優が感情を込めてしゃべる抑揚のついたセリフ」ってコレようするに「地方ルール」に過ぎないのではないか?と思うくらいで。

だってテレビドラマ風に感情を込めて喋ってる人なんて日常生活の中で見ないじゃないですか。日常生活の中で感情を込めて喋っているのは借金しようとしている人など「同情を買おうとしている人」・・・もしくはセールスマンとか詐欺師とか、ようするになんらかの「ウソをついている人」ですよw。

我々は日常生活の中で言葉に感情を込めたりしません。なぜなら我々は感情を込めて話すと胡散臭くなってしまうことを知っているからです。

なのに俳優が演技をするときに演出家は「もっと感情を込めて!」とか言ったりする・・・不思議ですよねw。

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演技が「演技」に見えてしまう。

余談ですが、今回観に行った上映はじつは『ハッピーアワー』の共同脚本家でもある野原位監督の新作映画『三度目の、正直』の宣伝のためのイベントで、その第1部が『ハッピーアワー』上映で、第2部がその野原位監督の短編『すずめの涙』の上映とトークショーだったのです。
で、『ハッピーアワー』を5時間17分観た後にその『すずめの涙』を見たのですが・・・びっくりしちゃったんですよ。俳優たちが「俳優としての意図」を込めてセリフを喋ったり動作をしていることに。あまりに不自然でぎこちなく見えてしまったんです。

いやいや、でもよく考えてみるとコッチの方がごく普通の演技なんですよ。テレビとかでよく見る演技なんです。でも『ハッピーアワー』の芝居に比べて、どうも独りよがりの演技に見えたし、実際相手役の心を動かすことができてないので俳優たちの演技はきちんと連動せずにバラバラなまま・・・つまりすべてのセリフが自分のキャラクター表現ために喋られていて、相手とのコミュニケーションのために相手と歩調を合わせながら喋るという作業がなされていないのです。『ハッピーアワー』のセリフはすべて相手と歩調を合わせながら喋られていました。

あ、ちなみに『すずめの涙』は『ハッピーアワー』と同じキャストで撮られてるんですよね。だから余計に差分がはっきりと見えてしまって・・・でもコレ何度も言いますが別に悪い演技というわけじゃないんです。普段我々がテレビとかで見てる演技なんですよ。ただその演技が、「演技」に見えてしまったことがショックだったんです。

これたぶん『ハッピーアワー』を5時間17分観た直後に見たから感じてしまったことみたいです。第1部から一緒に見ていた知り合いは僕と同じ感想だったんですが、実際第2部から参加した知り合いは特にそういう印象は感じなかったと言ってましたから。でもその違いはありました。

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日常会話における抑揚。

『ハッピーアワー』には脚本通りに撮影したものと、ドキュメンタリー的に自由に動いてもらって撮影したものとをミックスして作られたシーンが幾つかあります。前半のワークショップのシーンと、後半の朗読会の質疑応答のシーンです。どのカットが脚本通りで、どのカットがドキュメンタリーなのか一目瞭然なんですよねー。そこには芝居の質感のハッキリとした違いがあるんです。それは人物の顔や身体の表情、そして一番違うのは・・・声です。

ボクはいつもカフェでこのブログを書いているのですが、周囲の席では人々が普通に雑談や商談をしています。なのでその声を注意深く聞いて解析してみると・・・彼らはもちろん『ハッピーアワー』のように棒読みで話してはいませんし、『すずめの涙』のように感情を込めて話してもいません。

普通の人の日常的な話し方は『ハッピーアワー』のドキュメンタリーパートで喋っていた人たちと同じです。基本淡々と棒読みに近い喋り方をかなり早い速度で、そしてポイントポイントで極端な抑揚が付きます。声の音程が高くなったり音長が伸びたりするんです。

例えば「ちょっといいかしら?」の場合、「ちょ」の部分の音程が不自然に高音になったりします。そして「っ」の長さが伸びたりしてそれをさらに強調します。なぜそんな喋りをするのか?注意深く観察すると・・・音程を上げたり音調を伸ばしたりは、「相手の気を引くため」もしくは「相手に同意を求める」意図でやっているようです。ようするに相手と歩調を合わせるためですね。

つまりそこには「自分の感情」は無いんです。

日常的な人々の喋りの中にある抑揚は、感情由来じゃないんです。コミュニケーション由来なんですよ。先ほども言いましたが感情を込めて喋る人は「ウソをついている人」です(笑)。

よくあるじゃないですか。「あなたのためを思って言ってるんだよ?」とか「いや〜すごく行きたかったんですけど…」とか「ぜっっったいに大丈夫です」とか「うわーっ可愛いですねーっ!」とか(笑)。

演技って・・・まあウソみたいなもんだと言ってしまえばそうなんでしょうけど、やはりウソに見えてしまっては台無しなわけで・・・なのでセリフに感情を込めるのはやめたほうがいいと思うのです。

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「棒読み」と「棒立ち」

話を『ハッピーアワー』の上映会に戻しましょう。
質疑応答で「濱口監督の一連のセリフ中心の映画が次々と海外で評価されているのは何故だとお考えですか?」という質問に対して、濱口監督は「セリフの音に真実の情報量があるのと、あと俳優の身体の状態に現れている情報量が、単純に海外の観客にもきちんと伝わった結果だと思います」と答えていらして、「まさに!」と思いました。そう、濱口監督の映画の俳優の演技は情報量が多く、情感が深く伝わるんです。

昔から舞台演劇の世界では「棒でいいんだよ!棒で!」という言葉があってw、わざと棒読みで演じる芝居がよくあるんですが、そういう場合たいてい俳優は「棒読み」であると同時に「無表情」で身体が「棒立ち」なんですよね。
そこが『ハッピーアワー』と大きな違いなんです。『ハッピーアワー』の俳優たちはセリフは「棒読み」なんですが、身体は極めて自然な表情に溢れている。身体が雄弁に心情を物語っているんです。

これこそがまさに「映画的」なセリフのありかたなんじゃないんでしょうか。だからこそロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したり、海を越えて世界中の人々の心に届いているんだと思います。

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「棒読み」と「棒読み風」

最後にもうひとつの罠について。
映画『ドライブ・マイ・カー』の本読みのシーンで、演出家に棒読みで読めと言われた俳優が「棒読み風」にわざとらしくセリフを平坦に読んでいると、演出家に止められます。びっくりして「まだ感情が入ってしまっていますか?」と聞くと、「出来てない。出来てる人のを真似してみろ」とダメ出しされる、というシーンがあります。

そう「棒読み」と「棒読み風の読み」は違うんです。棒読み風のセリフ回しには、棒読みで呼んでやれという「演者の意図」が入っているんですね。

正しい棒読みの芝居は、究極的には『ドライブ・マイ・カー』のカセットテープから流れる家福の妻おとの声、そして『ハッピーアワー』の朗読会の朗読の声、あれなんでしょうね。抑揚や感情は込められていないけど、聴いてる人に内容をイメージさせる力を持っているし、テキストが本来持っている意図を「演者の意図」で濁していない。つまり情報の質も量も脚本の状態を保っている。
そしてなによりも、演者の心の中に自然に情感が湧き上がってきた時に、それを邪魔しない。素直にそのセリフの音に、そして顔や身体の表情に、自然にその情感が表現されてゆくのです。

あ、ニュース速報が。
全米批評家協会賞で『ドライブ・マイ・カー』が作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞の四冠を受賞。そしてゴールデングローブ賞では非英語映画賞を受賞したそうです。すごい。これはアカデミー賞も行くんじゃないかしら。

いや〜、日本映画の新しい時代がまさに始まろうとしていますね。

小林でび <でびノート☆彡>

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