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綾辻行人「水車館の殺人」

「新本格」と呼ばれる推理小説が台頭してきたのは80年代も終盤になった頃で、筆頭に挙がるのが綾辻行人氏だろう。
この「水車館の殺人」は、処女作の「十角館の殺人」に続く「館シリーズ」の2作目にあたる。
小栗虫太郎の世界に魅了されていた当時の私にとっては、新本格と言われる作品群に、何やらオタッキーな楽屋落ちに近い独りヨガリを感じていた。
改めて、時代が過ぎ去ってみると、王道の復権のように言われた綾辻行人や有栖川有栖などは、エンタメという観点から見ても、古典とは全く別の種類のミステリだったのだと、改めて思う。
古典的メタファやメソッドを取り入れてはいるのだが、やはり軽い読み物という感は否めない。
商業的に成功したのはパッケージの魅力なのだろう。変わり種ポテチのデザインみたいなものだ。トリュフソースフォアグラ味のポテチは、所詮トリュフでもフォアグラでもあり得なく、ポテチなのである。

さて、前置きは兎も角、本作の感想に入る事にする。
先ず、はじめに勿体無いのは、この水車館という建物の設定である。
冒頭に館の間取り図が出てくる。まさに本格ミステリの王道だ!
この間取り図を最初に見た時は、ワクワクした。この水車館も処女作の十角館同様、謎の建築家中村青司の設計によるものだが、普通の屋敷と一線を画す点は、中央の広大な中庭である。この水車館は、四つの塔に囲まれた庭園なのだ。しかし本編にこの庭園部分の描写が一切無い。中央に池があっても良いし、野鳥の巣があってもいい。リスぐらいは余裕で棲息しそうな巨大な自然空間なのだ。秘密の通路や秘密の広間など、この巨大空間の地下を使わない手はないし、水圧を利用した大仕掛けな空間移動があっても面白いだろうに。
水車館の巨大水車が、この建築物にどのように取り付けられているかは謎なのだが、この建物の電気系統は自家発電で、全て水車によるのだと書かれている。水車が電力にしか使われていないのも勿体無い。エレベーターぐらいは水圧を利用した昇降システムでも面白いのに。
舞台設定を最大限に利用していないのは残念である。最後に登場する秘密の大作は、絵画ではなく、池から水飛沫を立ててせり上がってくる彫塑でも迫力があるではないか。物語のラストシーンに相応しい。

次に残念なのは、叙述トリックだ。一年前と一年後の同じ日を、一人称と三人称を使って書いてある。これによって何を偽装しようと企んだかは、物語の比較的序盤で既に見え見えだ。
大体である、大体、古典的作品で「スケキヨ」が出てきたら、それは100%「スケキヨ」ではない。ちょっとミステリ慣れした読者には、今更明々白々の仕掛けであり、むしろその様式美を以て鑑賞すべきところだ。それをどんでん返しに使うためにわざわざ小説の構造をいたずらに複雑にするだけで、この叙述トリックには必然性が見出だせない。

そして、やはり探偵である島田潔に魅力がない。前作の「十角館の殺人」もやはり名探偵不在だったが、作者は古典的名作の多くが名探偵の見せ場によって成り立っている事を理解していない。島田潔は変人でもなく博識でもなく実に平凡な好青年で、物語を全く盛り上げない。館シリーズ以外である「霧越邸殺人事件」にも英雄的名探偵は登場しない。そもそも綾辻行人氏は、ポアロもミス・マープルも登場しない「そして誰もいなくなった」しか書いていない。

このあと、綾辻行人氏はこの「館シリーズ」を数作書き続けているのだが、みんなこんな調子なのだろうか?
時間がある時にでも、まとめて読んでみたい。


2023.7.10

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