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『フォーフロント・カスタムキャスト』

答えは簡単だった。
もし、人の体が好きにデザインできるものだったとしたら、その造形を神様に委ねる人間なんていはしないだろう。
デザイナーズ・ベイビー。人は人を設計する術を身につけた。
髪の色も、顔の形も、腕の長さも腰の位置も。
全てを好きに決められる世界に生を受けた私は、もちろん全てを好きに決められてこの世界に生まれ落ちた。
父と母が思いつく限り優れた人間としてデザインされた。

一方。父と母より頭の良い人たちは、人ではなく世界をデザインしようと考えた。
多様性、というものがある。
人間は助け合いの中で生きている。
それぞれに役割を持っている。
たとえば戦隊モノで一番活躍するのが赤だからと言って、赤だけでチームを組んでも良い結果にはならない。ギターだけでバンドはできない、台所に包丁だけあっても困ってしまう。
頭の良い人たちが組み上げた世界の設計図の中に、誰よりも賢くデザインされたはずの私は、必要なかったらしい。
私は今、『持続的な戦闘が得意なタイプの人』達に、命を狙われている。

走る。走る。それでも私の方が疾い。
銃声。銃声。それでも一人の方が弱い。
いつも私は鼠のように、跳ね回り這い回ることしかできない。

今日はどこに隠れようか。そんなことを考えていた時

「邪魔だババァ!」

私が住宅街に踏み込んだせいだ、たまたま通りがかった老婆が、私と一団の間を塞いだ。躊躇いなく一人の男が引き金を引く。

「くっ」

老婆を抱えて倒れこむと、銃弾が脇腹を掠めた。衝撃と激痛。冷たい汗が垂れる。

「おお、ラッキー」

下卑た声が聞こえる。私より年下のくせに、一端の大人のような笑い方をする。
男たちは私を--

「ふざけんなッ」

バイクが突っ込んで来た。そのまま一団を轢く。
轢いた、としか言いようがない。バイクはそのまま宙を舞い、乗り手は叫びながら勢いよく地面に着地する。

「あいたッ」

否、叩きつけられた、という方が適切かもしれない。

「あっ、骨折れたかも……」
「なんだ貴様!」

無傷の数人が慌てたように問うと、バイカーはじりじりと後退しながら言葉を探す。フルフェイスヘルメットで顔を見ることはできない。

「それはだな……話せば長くなるんだが……まあいいだろう……実は……秘密!

バイクの位置まで辿り着くと、一気に飛び乗りエンジンをかけた!
そのまま今度は私たちの方へ突っ込んで--

「掴まれ!」

伸ばした手を取る。
私とその顔も知らぬバイカーは、そのまま老婆と追っ手を置いて、夜の街を飛び出した。

「……あのおばあさん」
「大丈夫だ。きっと俺たちのことで手一杯なはず。流石に無駄な殺生はしないはずだ」
「でも……」
「だからって戻るわけにもいかないだろ。それより怪我、大丈夫か?」

問われて気づく。途端に痛みが強くなり、涙が出そうになる。

「はは。デザイナーズ・ベイビーでも痛いものは痛いんだな」
「当たり前だ」

軽口に腹が立つ。

「見たところ、君も旧世代って歳じゃないだろう。どんなタイプなんだ?」

人のことをわざわざデザイナーズ・ベイビーだなんて揶揄するくらいだ。大方特定の要素だけを強化したハーフ・デザイン、もしくはかつての文武両道を基に設計された『バランスタイプ』辺りだろうか。
バイカーは答える。

「うーん、少なくとも君みたいなのはタイプだよ」
「何サムいこと言ってるんだ」
「はいはいすいません。えーっとね、俺なんも手ぇ入ってないんだ」
「どういうことだ?」
「だから、デザインされてないの」
「は?」

信じられない。だって、

「いるんだよ。そういう人もさ。少なくとも、俺の親はそうだった。『お母さんが愛するお父さんとお父さんが愛するお母さん、この二人の間に生まれたんだから、その時点で最高に決まってる』なんて言ってね」
「でも、そんなことしたら--」
「ああ。態度の不良が目立ったらしくて、俺が物心つく前に連れて行かれた。国は旧世代、俺らより前の人たちに厳しいからな」

一部の人たちを除いて、旧世代の人々は、先ほどの老婆の如き扱いを受けていた。

「苦労したよ。能力の設計を怠った、なんてバレるわけにはいかないから、バランスタイプって言うんだっけ?必死でアレを装ってさ。いつもギリギリ」
「すごいな。自分の努力だけで」
「そういうときは、流石に親を恨んだなぁ」
「……私は羨ましいよ」
「なんで?」
「君は本物だから」

デザイナーズ・ベイビーしかいない世界で、唯一ありのままを望まれた少年。私たちとは違う、本物。

「私は全部が作り物なんだ。だから羨ましい」
「オーバースペック、か。……あー、でも、多分一緒だよ」
「一緒?」
「一緒。俺は両親の遺伝子の掛け合わせをそのまま受け継いで生まれた。君は両親の理想の掛け合わせをそのまま受け取って生まれた。愛されてたって意味では何にも変わらないだろ」
「……そうかな」
「少なくとも君の両親は、自分の子どもを誰かの設計図に委ねなかった」

なんだか、痛みとは別の理由で泣けてきてしまいそうだ。

「それに……俺のばあさんを救ってくれたしな」
「ああ、あれって君の」
「そんなことできる奴は本物だよ」
「そのくらいに、して」
「デザイナーズ・ベイビーでも感動で涙ぐんだりするんだな」
「してないし、仮にしてたとしてもそんなこと言われたら引っ込む」
「そりゃそうだ、失礼。まずは病院でも行こうか」
「ダメだ、捕まる」
「大丈夫。イイトコ知ってんだ」

少年は恐らく、ヘルメットの向こうでニヤリと笑っている。
だから、私もニヤリと笑いかえす。

「なあ、私と世界を変える気はないか?」
「え?」
「実はずっと、このままじゃいけないと思ってたんだ」
「……実は、俺も」

答えは簡単だった。
たとえ、運命が人の手ではどうにもならないものだったとしても、その行く末を神様に委ねる人間なんていはしないだろう。

[終わり]
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カスタムキャストをはじめたときに「もしカスタムキャストで作った子に朗読させるとしたら、こんなお話がいいな」と思って作った短編です。
メモ帳に残してあったものをほとんどそのまま持ってきたので、勢い任せで読みづらかったかと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。

ずっと真夜中でいいのに。『ヒューマノイド』
https://www.youtube.com/watch?v=GAB26GgJ8V8

ばっちしハマるかは分かりませんが。
あくび侍でした。

常に前よりダサい語りを心がけます。