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ナッシュ均衡(おたがいさま理論):行動経済学とデザイン18

イノベーションには共創(Co-creation)が不可欠と言われています。

このことを行動経済学の観点で調べると、ナッシュ均衡という言葉に出会いました。正しく理解しようとすると理論や数式が出て難しいので、小説をもとにわかりやすく概念を理解してみたいと思います。

画像エウレカの確率 経済学捜査員とナッシュ均衡の殺人
石川 智健
講談社 2015.02

均衡=抜け駆けできない状態

小説の内容がネタバレしない程度に紹介します。

ある利害関係を持った3人が登場します。3人はそれぞれ違う目的を持っているけど、その目的はお互いにとって利点があるので、特に問題はなく生活を送っています。

だけどある時、その中の1人が野心をもって行動を起こします。そうすると他の2人にとって異なる不都合がそれぞれ生じるため、その人をなんとかしようと行動します。ところが、2人の目的は違うのでお互いが足をひっぱりあってしまい、結果として3人みんなが不幸な状態になってしまいます。

このように、はじめのお互いのバランスが取れている状態をナッシュ均衡といい、誰か1人がはみ出るとみんなが悪い結果になるので、誰もバランスを崩すことができなくなる(得策ではない)、というのがナッシュ均衡の特徴です。

ナッシュ均衡01

ナッシュ均衡はゲーム理論の中の基本的な考え方の1つで、この応用に有名な『囚人のジレンマ』があります。(気になる人は本やネットで調べてみてください)

ビジネスの中でのナッシュ均衡

小説では均衡が崩れて事件が起こりますが、ビジネスにおいてはどうでしょうか?均衡がとれている例を挙げてみると、例えば

・高価格帯のホテルと低価格帯のホテル
・自動車のメーカーとディーラーと中古車販売店
・ショッピングモールに並んでいる和食と洋食と中華

のように、実は多くの産業や競合は、お互いが棲み分けできている関係性の中で均衡が成り立っていることがわかります。

一方で、例えばあるお店が商品を値下げすると、競合店舗がそれに対抗するため追従し、結果的に値下げ合戦になってどのお店も利益率が下がります。こちらの動画が大変わかりやすかったです。

なので一見、競合だと思っている相手と協力することが実は自分にとって便益となる、ということがナッシュ均衡の関係からわかります。

わかりやすい言葉でいうと「おたがいさま」でしょうか。

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では、ここからデザイナーの立場から、ナッシュ均衡をどのように活用できるかを考えてみます。

応用1. ベン図の活用

このような図、プレゼン資料などでよくみますよね。ベン図といいます。

ナッシュ均衡03

2つや4つのものもありますが、一番多くみられるのは3つの円が重なった図かと思います。僕はこの図を好んで使いますが、理由は円と円の間に関係性が見えているからです。この間は「おたがいさま」の領域です。

例えば、デザイナーがコンセプトの説明をするとき、ベン図を使って概念を整理すると、一貫性と具体性が両立した伝え方ができます。

・コンセプト:中心
・コンセプトを構成する要素:3つの円
・構成要素が欠かせない理由:3つの円の間

会議の中で、1つの要素は外そうという意見が出たとします。そのとき「1つ外すと他の2つにも利点がなくなりバランスが崩れるからコンセプトが成立しなくなるよ」という説明ができるようになります。

次にベン図を応用した分析方法を紹介します。

応用2. 3Cの間を見る

僕のインタビュー手法の1つに3Cヒアリングというものがあります。

これは何かというと、デザインやリサーチをはじめる前にプロジェクトオーナーから3C(自社・競合・市場)それぞれの観点で話を聞いて内容をベン図のシートに記入していくものです。

ナッシュ均衡04

手法の詳細はまだどこかで書ければと思いますが、3Cの整理でのポイントは、単に自社と競合との違いを見つけるだけではなく「自社と競合が共通していることを崩さずに自社の強みを活かせられるか」です。いいかえるとナッシュ均衡を崩さずユニークな企画を立てられるかです。

例えば、業界全体に関係することが自社と市場の間に位置付けると、競合に後追いされますが、他社にうまみがないものは後追いされにくいので、競合との均衡は保たれます。そうすることで自社のユニークさを追求した企画やデザインの方向性を見いだすことができます。

応用3. BTCの相互依存

ジョン前田さんのデザインレポート、Takramの越境人材、IDEOのデザイン思考などで、これからの製品やサービスには、

・Business/Viability
・Technology / Engineer / Feasibility
・Creative / Design / Desirability

の3要素が欠かせないと言われていますが、大事なことは3者のパワーバランスが取れているか?ということだと考えます。

もしビジネス(営業部門)の力が強くなると売上のためにブランドイメージが損なわれて行ったり、テクノロジー(開発部門)の力が強くなったら性能に走りマニアにしか受け入れられない製品になったりしがちです。

もちろんデザインの力が強すぎてもダメです。モノはいいけどコストがかかり過ぎとか、見た目ばっかりで実用的でないとか。(デザインXXと言われる商品群やサービス企画が長期的に続かないのはこれが原因だと思います)

ナッシュ均衡02

なので、BTCにはナッシュ均衡が欠かせません。

均衡を保つための方法は2つあります。1つは全体を見る立場のPMが入ることで、3者の間にある共通の便益を把握すること。そしてもう1つはデザイナーであってもビジネスやテクノロジーへの立場を理解することです。その間を行き来できる人をTakramでは越境人材といっていますが、デザインに関わる越境の領域は次のようになります。

・Design x Technology:Design Engineering
・Design x Business:Design Strategy / Business Design

このブログではデザインとビジネスの間をつなぐことを目的としているので、均衡を強化できるデザインストラテジストが増えてくれることを期待しています。

まとめ

ナッシュ均衡は本来、競争戦略において誰かが優位に立とうとすると結果として全員が損をするために動けないというジレンマを表したものですが、逆にこの均衡が取れている状態に注目することで強みが活かされる企画やデザインの切り口が見えてきます。

この関係が目指す先にあるのは「三方よし」の考えになります。

三方よしは「買い手よし」「売り手よし」「世間よし」で、持続的に循環するビジネスモデルのことを表したものですが、お互いの目的は違うなかで依存し合っている関係はナッシュ均衡そのものといえます。鎌倉投信という会社は8方よしの考えで持続可能な社会と企業のあり方を追求しています。

均衡がとれている状態はすばらしい、というお話でした。

デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。