見出し画像

ハーディング効果(少数派の不安):行動経済学とデザイン17

以前、社会的証明で、人はまわりの行動に影響を受けやすいとことを書きましたが、これについて詳しく説明されている本に出会ったので、もう少し掘り下げてみます。

経済学のセンスを磨く

経済学のセンスを磨く
大竹文雄
日本経済新聞出版社 2015.05

伝え方による行動への影響

期限内に納税をしない人はどの国でもあるらしく、イギリスの税関庁と内閣府の行動洞察チーム(←興味深い!)が行なった実験があります。その内容は督促状のメッセージの中でどれが一番効果があるかを調べたものです。

次の5つのうち、どれが最も効果があったと思いますか?

1. 10人のうち9人は税金を期限内に支払っています
2. イギリスにおいて10人のうち9人は税金を期限内に支払っています
3. イギリスにおいて10人のうち9人は税金を期限内に支払っています。あなたは今のところまだ納税していない非常に少数派の人になります
4. 税金を支払うことは私たち全員が、国民健康保険、道路や学校などの必須の社会的サービスからの便益を受けることを意味します
5. 税金を支払わないことは私たち全員が、国民健康保険、道路や学校などの必須の社会的サービスからの便益を失うことを意味します

5つのうち1〜3と4〜5でタイプが違うことに気づいたかと思います。1〜3は「10人のうち9人は」を核とした文章で具体性のレベルが違うもので、4〜5は「税金を支払う/支払わないことは」を核にポジティブとネガティブな文章で構成されています。

どれもなかなか嫌な気持ちになりますが(自分も何度か督促状を受けたことはあるので)結果、最も納税率が高かったのは...

3. イギリスにおいて10人のうち9人は税金を期限内に支払っています。あなたは今のところまだ納税していない非常に少数派の人になります

でした。なぜか?それは3が少数派であることを一番強調したメッセージだったからです。数値の結果は次のようになっています。

1(10人のうち9人は納税していることを訴求)+1.3%
2(1に加えてイギリスの中でを強調) +2.1%
3(1と2に加えて少数派であることを強調)+5.1%
4と5(社会サービスに言及)+ 1.6%

少数派は心地よくない

人は「周りはみんなやってるのに自分だけは違う」という状況に不快や不安を感じて、そこから脱却したい行動をとるようです。

日本人はただでさえ周囲に影響を受けやすいので、こういったアプローチが強い影響力を与えることは間違いありません。有名な例に沈没船ジョークというものがあります。

沈没しかけている船に対して、船長は各国の人に海に飛び込むよう説得しましたがその言葉は...
・アメリカ人:ヒーローになれますよ
・イギリス人:あなたは紳士ですよ
・ドイツ人 :飛び込むのはルールです
・イタリア人 :飛び込めばモテますよ
・フランス人 :飛び込まないでください
・日本人:みんな飛び込んでますよ

このジョークはあくまでステレオタイプなものですが、西洋と東洋とで、木を見るか森を見るかとった思考の違いがあるように、アジア圏ではより周囲との繋がりを意識する傾向が強いと思われます。

少数派が不安に感じることをハーディング効果と言います。Herding=群れの意味です。周囲が明らかに間違っていている回答をした場合、それが多数派であると自分もそうだと思ってしまうということが、有名な大学の実験で証明されました。

ハーディング効果

さて、デザイナーは言葉づかいも重要なスキルな1つです。(例え対象がモノや空間であってもプレゼンで多くの言葉を使うはずです)そこで今回は、同じ内容でも言葉の表現によってユーザーの行動や体験を変えるテクニックを考えてみたいと思います

応用1. 具体的・段階的に書く

以前に比べ人は長い文章を読むことに抵抗が少なくなったといえます。それは、ネット以前よりもキャッチコピーが長くなったりCMが説明的になったりといった現象にもみられます。

イギリスの実験でも「10人のうち9人は」だけでは大きな行動変化は見られなかったけれど、「あなたは少数派です」という数字の意味を順に解説することによって行動を変えています。

デザイナーはついキャッチーな言葉に目が行き短い言葉を好みがちですが、行動に移してもらうためには、なるべく具体的に意図を伝えて、順番に要点を押さえて、でも冗長にはならない文章構成がポイントです。ただし、このようなことを伝えるのは、それが本人にとっていい結果となる場合にのみにとどめましょう。

応用2. 不安を煽るより安心を与えたい

少数派で不安を煽るばかりのメッセージが世の中に広まってほしくはありません。ちゃんと行動した結果として安心を伝える必要があります。

自身の体験でこんなことがありました。海外出張したときスマホのモバイル通信は切っていたのですが出張3日目、SMSに「大幅に通信量がかかってる可能性があります」と届き、不安からサポートセンターに電話をかけました。(この電話は無料でした)そのとき出た相手の人は開口一番、

「大丈夫ですよ」

と言ってくれました。ついでにいうと、相手の声は男性で非常に落ち着いて頼もしく感じられる話し方でした。その後、1つずつ状況を確認して問題ないことがわかり通話が終わりました。僕がこのサービスに高い満足と信頼をしたことはいうまでもありません。

不安を煽るだけではサービスに対する信頼を長期的に損ねて、ユーザーはより安心できる環境を探そうとするでしょう。なので、ちゃんとフォローとケアを製品やサービスの設計に組み込みましょう。(最初の文章で不安だけでなく安心できる方法も伝えられるのが理想だと思います)

応用3. 少数派だっていい場合もある

多数派でなくてもいいことは世の中にたくさんあります。前にも書きましたが、僕は3番手(ビートルズでいえばジョージ・ハリスン)が好きになる傾向があります。

もしあなたが少数派の2番手3番手のサービスや製品を扱っていたら、安心させられる環境を提供できることを意識しましょう。例えばコアなファンがいることを伝えたり、1番手にはないエッジのある魅力があったり。ポイントは少数であっても「あなただけではない」と伝えることです。

まとめ

少数派の不安心理について考察してみました。

不安をはたらきかける事例は世の中にたくさん見られるけど(政治とか規則とかに多い)デザイナーはユーザーに満足してもらえる体験を目指しているはずなので、不安といった要素を用いるのはなるべく避けるべきだと思います。

言葉ひとつで印象を180度変えることができてしまうからこそ、倫理観を持って言葉のデザインを意識しましょう。


デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。