選択のパラドックス(多すぎると選べない):行動経済学とデザイン05
人生は選択の連続。みんなその時々で最適な選択をしているけど、全て合理的に判断しているかというと、そうでもありません。今回は『選択』をテーマにして、一冊の本から考察をしてみたいと思います。
選択の科学
シーナ・アイエンガー(著)、櫻井祐子(訳)
文藝春秋 2010.11
選択はアート(答えはない)
実はこの本の原題は『The art of Choosing』なので、選択は科学というよりアートというメッセージがあります。(おそらく日本語的には分析や考察をするアプローチが科学的な印象なので、あえて誤解を受けないようこの名前にしたのだと推察します。)
なぜアートなのか。本書を読むと、選択肢があるという状況は善な場合もあれば、そうでもない場合もあり、画一的に良し悪しを決められるものではない、ということです。なので科学的に1つの解があるわけではない「選択をするという意思によって人生は切り開かれていく」となります。
では、選択と社会的な行動の関係について紹介します。
選択のパラドックス(3つの例)
一般的に『選べることは良いこと』と考えられがちですが、実際の生活においては必ずしもそうではないことを、この本は多角的な視点から考察しています。特徴的なものを3つあげてみます。
A. 多すぎると選べなくなる
著者の功績の1つに有名なジャム実験というものがあります。24種類のジャムを並べた時と6種類だけの時を比較すると、6種類の数が少ないほうが売れたという研究結果です。ここからは2つの学びがあります。
・多すぎると迷いやすい
・多すぎると選ぶこと自体をやめてしまう
多すぎる選択肢は制限することで選びやすくなる、とわかります。
B. 選択肢がない方がいい人もいる
欧米圏など個人を尊重する社会では、なるべく多くの選択肢を持てることが良いという傾向が強く見られます。一方で日本のようなアジア圏では、決められた選択肢のほうが良いと感じる場合もあります。仕事に関する意欲と選択の自由度を分析した調査結果では、アジア圏(集団主義)とそれ以外(個人主義)の文化圏では次のような違いが見られたそうです。
・個人主義:選択の自由度が大きいと、意欲・満足度・実績のスコアが高い
・集団主義:上司に選択権があると意識していると、スコアが高い
50年前と今でもずいぶんと違うのでしょうが、僕は割と決められていた範囲の中で取り組むほうが好きなので、集団主義のアジア的な思考のようです。
C. 選択は痛みを伴う場合もある
例えば、生存確率が50%の状況でどちらかの方法を選択を迫られたとき、選択をしたことが後々の人生に、後悔や罪悪感などの影響を与えることがあります。このような状況では「選択を放棄する」ということが良い場合もあります。
選択しないという選択肢は、時として必要です。その選択肢が自分にとってポジティブであるかネガティブであるかを次のように整理できます。
・ポジティブな選択:選ぶことで人生をプラスに向けられる
・ネガティブな選択:選ばないことよりも責任や後悔やつきまとう
このように、選択肢を持つことは必ずしも良い面ばかりではありません。各人が選択肢とどう向き合っていくかは、選択の内容や状況によって変わることが理解できます。
では次に『選択肢』をどのようにデザインするとよいか考察してみます。UIデザインで選択肢の表示や配置などに関するティップスは他のネット記事でたくさんあるので、ここではより概念的な2つを軸にしてみます。
・適切な選択肢の数やタイミング
・選択肢を出すべきか、出さないべきか
1. 迷っている状況を楽しむ
クライアントの方針がまだ模索中なときに、1回目の企画やデザイン提案をする状況があったりします。その段階では「どれか1つを選んでください」と迫るよりも、ジャム実験のように多くの可能性を見せて「迷ってください」と示すほうがよい場合もあります。そのときクライアントは、決めたいのではなく可能性を模索したいから。
あるいは、最近あまり見なくなりましたが、ユニクロのように色のバリエーションがたくさんあると買い物体験が楽しくなる(たとえ買わなくても気になる)、多くの選択肢にはそんな良い作用もあると思います。
決めるのが難しいならまず選択肢を楽しんでもらいながらも、大切なのはそこで終わらせず、2回目の提案に向けて絞り込むための観点を引き出すことだと考えます。
2. 制約は質を高められる
多くの創作活動は制約の中から生まれています。厳しい土地の制約があるからこそ他に類をみない建築プラン、紙面上の枠があるなかでの漫画表現、トラック数が限られるなかでの楽曲づくり、など。
なので、デザインに関わる人は制約があったら喜ぶようにしましょう。アイデアにつまったとき、あえて自分に選択肢を狭める(この条件は変えることができない)ことで、切り開くことがヒントが見つかります。
ユーザーにとっても、制約がうれしい状況は何かとあります。例えば、映画館では観ながら他のことはできないので集中できるし、ゲームはルールがあるからズルをしないでみんなが楽しめる、特定の用途に限定したお店は根強いファンを集めることに効果的、など。
選択肢(数)をなくすことで、提供価値(質)にフォーカスできます。
3. あえて選択肢を挟み込む
上の説明で『選択肢は痛みをともなう場合がある』という例をあげましたが、これをポジティブな使い方に応用した事例があります。
Re Thinkというアプリがあります。これはアメリカで当時14歳の学生がつくったもので、ネット上で誹謗中傷のコメントを送信しようとすると、ポップアップの画面に次のテキストが出てきます。
" This message may be hurtful to others. Are you sure you want to post on this message? " Yes / No
「このコメントは誰かを傷つけるかも。それでも投稿したい?」ということに対して「はい」か「いいえ」が選べます。テストでは、93%の誹謗中傷がこのメッセージによって削減できたということです。素晴らしい内容なので、下の動画もぜひ観てみてください。
あえて選択肢を挟み込むことで考えを思いとどませたり、意思決定したことを自身に向けることができます。ヘイトスピーチや環境問題などの社会課題に対して、このような選択肢をデザインできる可能性はいろいろとあるのではないかと考えます。
まとめ
選択肢を提供すること/提供しないことによる、人々の反応や社会への影響の関係を、正確性はないですが表にまとめてみました。
マンガの『ドラゴン桜』が流行ったとき作者がインタビューで、「東大に行けるというのは(いい職業につけるのではなく)将来の選択肢が増えること」と言っていた記憶があります。当時はなるほどと思ったんですが、選択肢が増える=幸せになれる、とはひとことも言ってないと気付きました。つまり選択肢をどう捉えるかはその人次第。
行動経済学というより人生論になってしまいましたが、選択をよい方向にするためにデザインでできること、を考え続けてみたいなと思います。