回想バイアス(考えと行動のつじつま合わせ):行動経済学とデザイン32
行動経済学の実践には「倫理観が大事」と、このnoteで繰り返し書いてきました。けど一度、本当に自分は倫理観に基づいて行動できている?と疑ってみることも必要です。
倫理観を行動経済学の観点から明らかにしたのが、この本です。
倫理の死角 なぜ人と企業は判断を誤るのか
マックス・H・ベイザーマン、アン・E・テンブランセル(著)
池村千秋(訳)、谷本寛治(解説)
「みんな自分は倫理的だと思っていても、実際には非倫理的なことをやってしまっているのは、死角に気づいていないから」というのが、本書のメッセージです。
ちなみに英語での原題は「Blind Spots - why we fail to do what's right and what to do about it」となっており、ほぼ日本語名と一致します。(表紙に原題も書かれていて、良心的ないいデザインだと思います)
非倫理に気づかない
人はおおむね倫理的に行動します。たまに非倫理的な行動をする場合もありるけどだいたいは自覚しています。危険なのは、自分でも気づかずに非倫理的な行動をしている場合です。
トロッコ問題と陸橋のジレンマという有名な思考実験があります。
まず1つめの状況(トロッコ問題)を見て考えてみましょう。
・何もしない → 線路の先にいる5人がトロッコに轢かれる
・レールのポイントを切り替える → 1人は死ぬが5人は助かる
何もしない人も、ポイントを切り替える選択をした人も、それぞれ倫理的に正しい行動だと考えます。では2つめの状況状況(陸橋のジレンマ)だとどうでしょう。
・何もしない → 線路の先にいる5人がトロッコに轢かれる
・陸橋から1人突き落とす → 落ちた1人は死ぬが5人は助かる
人を落とす選択をした人は少ないはずです。なぜなら殺人だから。それぞれの選択に対して倫理的な理由を説明しようとすると、1つめとは違った理由をあげることになるはずです。
この時、自分は明確な倫理観を持って選択したか?が分かりません。
つじつま合わせ
人は、思っていたことと実際に取る行動が食い違うことがよくあります。ただし、違っていたからといって自分の考えが間違っていたと改めることはほとんどなくて、その行動を正当化しようとします。
3ステップで整理すると次のようになります。
・事前:すべき(倫理観に基づいて毅然とした態度をとるべき)
・最中:したい(状況に流されて事前の考えと違う行動を取る)
・事後:つじつまを合わせる(したいを起点に新しい考えを肉付けする)
こういったことは個人だけでなく、組織や社会でも起こります。
個人の例では、ある日に募金する意思があるかを尋ねると80%以上がすると答えたのに、当日はその半分しか募金しませんでした。募金しなかった人はお金がなかったなど、しなかった理由を正当化しようとします。
組織の例では、チャレンジャー号の爆発事故があります。Oリングの不具合が確認されたので打ち上げ延期を提案すると、NASAは敵意をむき出しにしました。機嫌を損なわないために、マネージャーたちは打ち上げ決行を正当化するデータを集めることに躍起になり、打ち上げ反対を押し切ったというものです。(この結果、悲劇的な事故が起こります)
組織の倫理観が欠如するのは、次のような原理も影響します。
・非公開:他人が見ていないと人はズル(手抜きや虚偽報告)をする
・間接性:関係者が複数になると責任の所在が不明確になる
・茹でガエル:段階的にやっていくといつの間にか域値を超えてしまう
・結果偏重:結果がよければモラルが問題視されなくなる
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倫理観は自分の心がけだけではコントロールできない、ということが理解できたかと思います。では、どうすれば暴走する非倫理を抑えられるか、理論とデザインの応用を考えてみたいと思います。
対策1. 事前
言ってることと実際の行動が変わらないために、事前に具体的な宣言をさせることが大事です。ここでは一貫性の効果が機能します。
人は一度言ったことに対して一貫したストーリーをつくるので、その場の変更がしにくくなります。例えば入力フォームでは、最初に自分の正直な意思を提示できる場があると、その後の回答は実態とのズレが抑えられます。
一貫性についてまとめた記事はこちら。
対策2. 最中
事前に倫理観について考えていたのに、現場の空気に流されそうな時は、その先を想起させるしかけが効果的です。ここで活用できるのは現在バイアスの応用です。
例えば、その後で母親に言う・上司に報告することを、デザインで視覚的に表示させられると、場に流されずに毅然とした態度を保つように意識に働きかけができます。
マシュマロテストを例にした現在バイアスの説明はこちら。
あるいは誰かが見ているという環境をつくれば、したい気持ちの抑制がかけられます。これはシミュラクラ効果などが活用できます。
対策3. 事後
チェック機能を身内ではなく、第三者評価を入れて公開を前提にすることなどで、つじつま合わせの言い訳を抑えることができます。
デザインとして考えられることは、コンピューターや自動化を仕組みとして活用し、なるべく人に依存しない仕組みにすることだと思います。
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以上、3つを図にまとめるとこのようになります。
まとめ
本書で紹介されている組織レベルの倫理に反した行動は、例えば
・フォード自動車のピント事件(安全性を無視した)
・エンロンの不正会計(不正を創造的な会計方法と言い換えた)
・サブプライムローン(悪の根源が不明確なまま広がった)
などあります。日本でも優良と言われていた企業が近年、不正会計や詐欺まがいの金融商品を売りけるなど信じられない事件は多発していますが、これらを個人のモラルに言及しても解決されません。
倫理の死角が起きる行動経済学的な問題は、行動経済学の仕組みで解決させるべきです。そのためにも、行動経済学をビジネスやサービスの仕組みとしてデザインすることができれば、デザイナーの役割や価値ももっと高まると考えます。
デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。