メモ3_突破するデザイン

『突破するデザイン』の言葉の意味について補足

もう1つの方の記事に『突破するデザイン』の読書感想文を書きましたが、本を読んでいる最中に、使われている言葉がどういったことを意図しているのかが分からなくなり、何度も読み返すことがありました。例えば ”意味のイノベーション” の意味がどういうことなのかイメージしにくくて行ったり来たりしたとか。

でも裏返すと、こういった言葉の意味を抑えておくことが本書の理解をグッと深めることにつながるのではないかとも思ったので、自分にとっての忘備録的な意味合いも含めて、しっかりと捉えておきたいいくつかの言葉をピックアップしてここで紹介したいと思います。

Overcrowded(原題のタイトル)

日本語では『突破するデザイン』となっていますが、原題は日本語題とは大きく違った『Overcrowded』です。Overcrowdedを日本語に直訳すると、満員になる、混雑する、多すぎるといった意味になりますが、これは何を意図しているのか、分かりにくかったので掘り下げてみたいと思います。

本書の中で、バリー・シュワルツという心理学者の著書『選択のパラドックス』という本の中に、あらゆる機会が過剰に存在する社会(Overcrowded)に私たちは暮らしている、と説明されています。また、この本のガイドブック的な役割にもなっている安西洋之さんの著書『デザインの次に来るもの』では、Overcrowded=アイデアを含め情報が氾濫している状況を表す、と書かれています。

ここから推察できることは、デザイン思考の普及もあって今アイデアは世の中にたくさん溢れているけど、そのアイデアが意味することや価値を見出すための視点が備わっていないと、本当にいいものを見つけられずに埋もれてしまうよ、ということを意図しているのではないでしょうか?そう考えると日本語題にある『突破する』というのは、埋もれているアイデアを世の中に必要とされるものに結び付ける、という意味が含まれていると読み取ることができるかもしれません。

あるいは、前の著書『デザイン・ドリブン・イノベーション』の、デザインの力でイノベーションを切り開くというニュアンスを、日本語に置き換えたのかもしれません。本当のところはわかりませんが、意図しているところは大きくは外れてはいないかと思います。

意味のイノベーション

副題は『Designing Meaningful Products in a World Awash with Ideas』で、日本語に訳すると『世界に溢れているアイデアの中から意味あるプロダクトをデザインすること』という感じになるかと思います。(僕は英語がそれほど得意なわけではないですので、もし違っているようであればご指摘を)

注目すべき点は『意味をデザインする』という言葉づかいで、ここには、アイデアをつくるのではなく意味をつくることがイノベーションにつながる、ということを伝える意図が含まれているのではないでしょうか。英語の原題のOvercrowdedと合わせて意図を考えると、製品やサービスのアイデアはもう十分にあるから『意味』に焦点を当てていくことがこれからは大事だ、と言っているように思えます。

意味の言葉の定義について深く掘り下げてみると、本書の象徴的な事例としてロウソクがたびたび登場してきますが、ロウソクの意味を3つに分けると、こういったようになります。

1. 対象となる実用的な意味:炎を生じさせるロウに囲まれたロウソクの芯
2. メッセージとしての意味:例えば誕生日ケーキにロウソクの火を灯すこと
3. 行為の価値としての意味:ロウソクを使う目的(明るさ?香り?)

この中で意味のイノベーションは特に3に注目しています。同じロウソクでもガス灯が普及する前の時代では明るさが目的だったことに対して、今日使われているロウソクの目的は違います。例えばヤンキーキャンドルは光がほとんど見えないけれど香りが特徴となって人気になっています。このロウソクの意味を変えるということがイノベーションを生む、というのが本書で一番伝えたいことなのだと思います。

批判

否定と批判は似ているようで違います。語彙も何となく似ていますが漢字は共通していません。否定はある意見に対して ”No” ということであるのに対して、批判は批評とか評論とかに近いと思います。英語だとおそらくCriticの単語に相当するので、例えばクリティカルシンキングの考えが参考になるかと思います。

クリティカルシンキングについては、前に読んだ別の本で参考になる説明がありましたので紹介します。『たった一つを変えるだけ』という本の中で書かれていたことですが、クリティカルシンキングとは単に反対をするのでなく、『批判的だけど建設的』、もっと深くとらえると『大切なものを選び出す力』や『思いやり』という言葉が適するのではということです。なのでここでの批判とは、思いやりを持って建設的に考えを深めていくというニュアンスが近いのかと思います。

フィリップス・デザインの前CEOだったステファノ・マルツァーノは、父親をメタファーに例えており「子どもが望むものをただ与えるのではなく、よい父親として子どもにとって意味のあるものを考えて与える」ということが本書で紹介されています。こうして捉えると批判の言葉がネガティブな意味合いではなく、思いやりを持った視点だということが理解できます。

ただし本書でも書かれているように、クリティカルシンキングは個人の思考プロセスとしての考え方なのに対して、意味のイノベーションで批判精神を掲げているのは、複数の立場と出会って批判することを強調しています。それがプロセスの中で出てくる、ペアとのスパーリングであったり、グループでの厳しい意見や専門家など外の視点などにあたります。

ラディカルサークル

批判の説明の中で、ペアのあとの4人くらいの場で使われている言葉です。ラディカルは英語でRadical、日本語だと急進的な、徹底的な、といった意味があります。本書では、既存の軸と対照的な急進的な新しいビジョンを持つことを促進する、といった意味合いで使われているようです。平たく言うと、過激な本音で言い合う内輪のチーム、といった感じかと思います。ペアの段階では相手に合わせる姿勢が強いですが、このサークルではぶつかりあう厳しい場になります。

ただし大切なのは、根本には同じ方向を見ていることと、批判的な意見を受け入れることの前提があるうえで成り立つということです。分かりやすく言うと、気心知れた友達同士であれば時として相手を怒ったりすることもあるけど、それは友達を思いやっているからこそで、知らない人に対してそれをやったら嫌な奴としか受け取られません。なので、そこで必要になるのがビジョンや価値観の共有であり、本書ではビジョンの重要性を説いています。

ビジョン

で、このビジョンという言葉もあいまいです。ビジネスの現場やデザイン思考の取り組みでもよくビジョンという言葉は使われていますが、僕が接してきた多くのビジョンは抽象的な表現が多いです。具体的にいうと、例えばヘルスケアのビジョンで「健康でみんなが笑顔になる街」というようなキャッチコピーが出たりしますが(似た経験ある人は多いかと思います)、正直なところ、耳障りはいいのだけど楽観的で現実視していないような印象があります。

この本で使われているビジョンはより具体的な印象を受けます。例えば、ロウソクの例で出てきたヤンキーキャンドルのビジョンは「ロウソクの香りによってあなたを心地よくする」とされています。ここには「香り」や「(気持ちを)心地よくする」といったロウソクの目的や価値が具体的に記されています。ここからわかることは、意味のイノベーションの考えにつながる言葉がビジョンに反映されていないと、実効性がないので機能しないということができるかと思います。

本書ではカッコ書きで「枠組みによっては、バリュー・プロポジションや価値のイノベーションと呼ぶかもしれない」と書かれています。バリュー・プロポジションを簡単に説明すると、ユーザー側の欲求と企業側の実現したいことを結び付けることをフレームワークなどを用いて整理する方法論ですが、単に抽象的なキャッチコピーを掲げるよりも、誰に何をどうするといった具体性があることによって、ビジョンの意味が共有されて、建設的な批判ができるようになるのだと考えられます。

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以上が僕なりに言葉を整理してみた内容です。原書を読んだわけではないのと自分の解釈も多分に入っているので意訳ではありますが、この本を読むときの参考にしていただければと思います。

ちなみに著者のベルガンティ教授はイタリアの人なので、僕ははじめアメリカに対するカウンター的な位置づけに思っていたのですが、それは間違いのようでした。アメリカの事例を多く用いたり、アメリカの大学でも教えていたり、『誰のためのデザイン』などの本で有名なDAノーマンとの共著などもあるので、ヨーロッパがベースにあるけれど視点としてはフラットだと思います。

あとベルガンティ教授自身は経済学出身の人でデザイナーではありません。なので、学術的なアプローチに基づき、本書の中では数多くの引用や参考文献などを用いています。その内容も1つ1つが興味深いので、時間があればそれについても、いつかまとめてみようかなと考えています。

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デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。