アンダーマイニング(報酬とやる気):行動経済学とデザイン04
「お金じゃなく、やりたいからやってるだけ。」
今回は報酬(お金など)と動機(やる気やモチベーション)についてのことです。僕が尊敬してやまない佐藤雅彦さんとその仲間でつくった『ヘンテコノミクス』は行動経済学をマンガにした本ですが、その1つにアンダーマイニング効果のことが書かれています。
行動経済学まんが ヘンテコノミクス
佐藤雅彦 + 菅俊一 + 高橋秀明
マガジンハウス 2017.11
こんなお話です。
壁に落書きをするいたずら坊主たちは、怒鳴られても懲りなく落書きを続けます。でもあるとき、落書きにお小遣いをあげて、そのあとにお金を渡さなくしてしまうと、いたずら坊主たちはやる気がなくなって落書きをやめてしまいます。
アンダーマイニング効果とは
アンダーマイニングとは日本語でいうと「土台を壊す」という意味です。
さっきのお話は、自分が好きでしていたこと(落書き)に報酬(お小遣い)を与えてしまうと、好きでやっていたことがお小遣いのためにすり替わってしまう状況を表しています。つまり、好きでやっていたという土台が、お小遣いによって崩されてしまいます。
整理すると、こうなります。
1. 楽しい(内発的動機) → 落書き
2. お小遣い(外発的動機) → 落書き
3. お小遣いがもらえない(外発的動機) → 落書きする意味がない
ここから学べることは2つ。1つめは報酬は悪い面もあるということ。2つめは、やる気をなくすことは簡単にできてしまうということ。
外発性の動機はもろい
いつの間にか動機が報酬に変わっていた、という現象は社会にたくさん見られます。例えばこんなこと。
・QR決済面白そう → キャッシュバック期間が終わったから使わない
・ボランティアに参加 → 別の人が給料をもらっていたので辞める
・ピアノを弾くのが楽しい → 褒められることが減ったので弾かなくなった
3番目の例のように、お金じゃなくても褒めるなどの報酬がなくなることでも、同じように外発性の動機にすり替わってしまいます。このように報酬は時として余計なものになってしまいます。
報酬は必ずしも悪ではなく、報酬を与えることでやる気を継続させたり高めたりする『エンハンシング効果』もあります。ただし動機が内発性(好きでやってる状態)に切り替わるまで、ずっと報酬を与え続ける必要があるので途中では辞められません。
内発と外発を比較すると、このような整理ができるかと思います。
内発性動機については、前に書いた『ファンベース』と多くの共通点があるかと思ってます。やっぱりその動機は外的な報酬とは関係なく、みんな好きでやっているからです。
アンダーマイニングは「せっかく楽しくやってたのに、資本主義の考えが入り込んだせいで冷めた」といったマイナスの見方が強いように思います。
一歩間違えると悪影響になる報酬とやる気の関係を、どう扱えばプラスの方向にもっていけるか、デザインの視点から考えてみたいと思います。
1. おカネで愛は続かない
お得がキッカケで加入するサービスは多くあります。例えば、
・入会費が無料
・キャッシュバックキャンペーン
・他店よりも値下げ
でもお金で動機付けを継続させるのは困難です。なぜなら事業側のお金がかかるから。解約を面倒にして離脱率を抑えるサービスもあるけど(金融系とか通信系とか)、こうなるともう愛着もへったくれもなくなります。
考えるべきは、お金が入り口で加入してくれたユーザーが興味を持っているうちに、報酬以外の体験価値を提供することです。例えばそれは、
・使っていて楽しい
・思ったより便利
・生活の中で意識することが少し変わった、など
入り口をお金(外発性動機)にするときは、エンハンシング効果を見越してユーザーが興味を持つ内発性動機へのシフトを働きかけましょう。
2. 「褒める」は意外と自動化できる
noteはいろんなところで頻繁に褒めてくれます。記事を書いたら「◯週連続すごい!」とか、スキをたくさん押したらバッジをくれたり。
わかってるんです、この通知が自動で送られているのは。でも、わかっていても嬉しい。自動化されているから何回やってもずーっと褒められる。なので報酬が切れることがない、しかもまとめて大勢にではなく一人一人。これはデジタルならではの長所。
ちなみにバッジというのはこんな画面で、これが増えるのもうれしい。ただし、いくつかのバッジ、簡単には集められません。毎日投稿とかハードル高いし、僕は有償化してないから依頼や購入などのバッジは集められない。ネバーエンディングストーリー。
もしこれが意図的に設定されていたとしたらすごい。なぜならたどり着くまでの道のりが遠いので、いつまでも頑張り続けられるから。
3. 好奇心を探求が内発性を高める
これまで2つは外発性の動機でしたが、望ましいのは内発性に切り替わり、ほっといても勝手にやってくれている状態。そして内発性を高める一番の動機付けは「好奇心」です。
そこには「遊び」や「楽しい」が欠かせません。なので前に紹介したゲーミフィケーションの考えは内発性を高めるために有効な手法だと考えます。
誘発性には『流行』が効果的なのに対して、定着性には『普遍』的なことが欠かせないと思います。というのも、長く続く楽しいものは意外と昔からある古典的なものが多い気がするので。例えば、
・勉強:「わかる!」が楽しいのは生涯ずっと続く楽しさ
・習い事:やってるうちに身体に染みて、道を極める奥深さがある
・スポーツ:理屈だけではできない、どこまでやっても完璧はない
逆にゲームはそこそこがいいような気がします。ハマりすぎるのはある種の中毒や依存になって、楽しいからやっていない場合もありそう。任天堂はそのあたり、うまいさじ加減を持っていると思います。
まとめ(公共デザインでこそ試される)
以上、アンダーマイニング効果の活用方法を考えてみました。
北欧は社会福祉や行政にデザインが入り込んでいる事例をよく見聞きしますが、日本にはこれらの分野への関与は、まだ不十分かと思います。
こういった領域でデザイナーが関わる意義は、参加者に対して内発性の動機付けをデザインできるかだと考えます。そのときにアンダーマイニング効果とエンハンシング効果を活用できる機会があると考えます。