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フェミニズムとデザイン【1】 from "Design Struggles"


はじめに

デザインの中心にいるのは誰だろうか。誰がつくるものを決め、誰がそれを評価しているのだろうか。誰が排除されてきたのだろうか。現代のデザインは、主に北半球の白人・男性・シスジェンダー(性自認が生まれたときに割り当てられた性と一致している人)によってつくられてきた。パパネックによれば、デザインは「人間の活動の基礎」[1]である。実際に私たちは、人種や性別を問わずさまざまな場面でデザインしている。しかし、歴史に残るものや評価されるものには偏りがある。なぜだろうか。私たちは、規範、支配、特権、差別などがどのように構築されてきたのかを振り返ることなく、揺るぎない前提として受け入れていないだろうか。

デザインを歴史、教育学、視点(デザインにまつわる理論と実践)から問い直す論文集『Design Struggles』では、デザインが抱える問題や暴力的な遺産の背景、その物質的・概念的論理を再構築しようとする現在の葛藤を現している[2]。キーとなる概念の一つがフェミニズムである。ここでは、フェミニストの視点からデザインを批判的に論じている『家父長制の中でつくられたもの:女性とデザインの研究(あるいは再研究)について』[3]、『デザイン教育の未来:フェミニストのモードとポリティクスに関する考察』[4]、『DESIGN JUSTICE:デザインの理論と実践のためのインターセクショナル・フェミニスト・フレームワークに向けて』[5]を紹介したい。

フェミニズムとデザインの組み合わせに違和感を持つ人もいるだろう。だが、フェミニズム理論は知識批判から始まっている[6]。男性が男性を対象に男性の言葉で知識を積み上げてきたが、そこには女性が存在しない。それゆえ、女性の視点で知識を見直していく必要性を訴えてきた。視点を広げて、女性だけでなく社会から疎外されている人々の視点でデザインを批判的に見直すことを目指したのが『Design Struggles』である。論文を紹介する前に、デザインを批判的に見つめ直す上で重要なフェミニズムのムーブメントを簡単におさらいしよう。

変化するフェミニズム

フェミニズムの始まり(第一波フェミニズム)

フェミニズムの始まりは18世紀に遡る。近代市民革命により男性が市民権を得る一方で、女性の権利が認められなかったことに端を発する。権利を獲得するための社会運動が起こり、19世紀には日本においても女性の参政権運動が広がった。これが第一波フェミニズムと呼ばれる運動である。そのため、フェミニズムに対して、女性が権利を主張し、伝統的な女性像を破壊する悪き主義と考える風潮さえある。しかし、フェミニズムは時代とともに変化してきた。

個人的なことは政治的である(第二波フェミニズム)

次に大きな波が訪れたのは、戦後である。参政権は得られたが、女性に家事・育児・介護などの無償の労働が割り当てられ、外で働いて報酬を得ることができなかった。そのため、夫婦間に家父長制的な上下関係が維持された。こうした性役割からの解放を目指したのが、第二波フェミニズムである。女性が抱える問題は個人的なことだとされていたが、実際には社会構造から生じる問題であり、「個人的なことは政治的なことである」をスローガンに世界で女性解放運動が広がった。

第二波フェミニズムが終わりに近づいてきた頃、日本では1985年には男女雇用機会均等法が成立する。それまで女性は補助的な仕事しか与えられなかったが、男性と同じ立場で働く総合職が誕生した。しかし、機会は均等であっても、男性が決めたルールの中で女性が評価され登用されるのは特殊な事例であり、補助的な仕事を担う一般職が中心であった。多くの企業でコース別採用が行われ、総合職と一般職、専業主婦の女性の間に分断が生まれることになる。

私の経験=女性の経験ではない(第三波フェミニズム)

第二波フェミニズムにおいて女性が一体となって既存社会と闘うことに意義はあったが、例えば黒人女性は女性であることと黒人であることによって白人女性とは異なる差別を受けており、女性を一括りで捉えることに対して疑問の声もあった。つまり、「女だからといって共通の経験をするわけではない」ということだ。差別や抑圧の要因はジェンダーだけでなく階級や人種、セクシュアリティなど複合的である。ブラックフェミニズムの論者であるパトリシア・ヒル・コリンズはこれを「支配マトリックス」と呼び[7]、キンバリー・クレンショーはこれを「インターセクション(交差性)」と表現した[8]。このように、第三波フェミニズムでは女性の経験は個別的であること、ジェンダーは生まれつき備わっているものではなく後から構築されるものだというジェンダー理論が普及した。

この数年で、第四波フェミニズムとも解釈されるいくつかのムーブメントが起きている。性暴力を告発する#MeTooキャンペーン、Time's Up Nowキャンペーンは世界中に伝播し、日本でも政治家が女性蔑視の発言によって辞任に追い込まれるなど女性をめぐる状況はより大きく変化した。選択制夫婦別姓、同性婚の議論が継続され、政治の争点となっている。第四波フェミニズムについては研究者によって解釈が異なるが、性的マイノリティも含め多様な当事者が自身の経験から発信する動きは新しい波と言えるだろう。

フェミニズムのレンズでデザインを見る

包摂的なデザインを実現するためには支配マトリックスの中で自分がどのような立場なのか、他者がどのようなインターセクショナリティを抱えているのかを認識すべきと言える。このように、フェミニズム理論は女性に限らず、社会から疎外されている人々を排除しないための理論として用いることができる。権利を奪われ、中心から排除されてきたのは女性だけではない。植民地化で権利や文化を奪われてきた人々、有色人種、障がいのある人々、高齢者などがこれまでどのように排除され、評価されてこなかったのか。この先の未来、彼ら彼女らを排除しないために、歴史、教育のあり方を見直し、新しいレンズで世界を見ることが求められている。今回紹介する論文は、私たちに新しいものの見方(フェミニズムにおいては当たり前であっても)を与えてくれるに違いない。<続く

次の記事:フェミニズムとデザイン【2】

参考文献

[1] V. Papanek, Design For The Real World. 阿部公正訳『生きのびるためのデザイン』晶文社, 1974年 (1971)
[2] C. Mareis and N. Paim, DESIGN STRUGGLES:Intersecting Histories, Pedagogies, and Perspectives. Valis (2021)
[3] C. Buckley, Made in patriarchy II: Researching (or re-searching) women and design, Design Issues, vol. 36, no. 1. pp. 19–29, (2020), doi: 10.1162/desi_a_00572
[4] R. Mazé, DESIGN EDUCATION FUTURES Reflections on Feminist Modes and Politics, in DESIGN STRUGGLES:Intersecting Histories, Pedagogies, and Perspectives, Valis, (2021), pp. 259–278
[5] S. Costanza-Chock, Design Justice: towards an intersectional feminist framework for design theory and practice DRS2018 Catal. vol. 2 pp. 25–28 (2018) doi: 10.21606/drs.2018.679
[6] 江原由美子,上野千鶴子,足立眞理子,落合恵美子,荻野美穂,竹村和子,岡真理,岡野八代,野崎綾子ほか, フェミニズム理論. 岩波書店 (2009)
[7] P. H. Collins, Black Feminist Thought: Knowledge, Consciousness, and the Politics of Empowerment. Contemp. Sociol. vol. 21, no. 1 p. 132 (1992) doi: 10.2307/2074808
[8] K. Crenshaw, Demarginalizing the intersection of race and sex: A black feminist critique of antidiscrimination doctrine, feminist theory, and antiracist politics, in Living With Contradictions: Controversies In Feminist Social Ethics, (2018)

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