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トークセッション 「国立デザインミュージアムを作るには?」

開催日時:2022年12月17日(土)16:00〜18:00 @国立新美術館講堂

「DESIGN MUSEUM JAPAN展 集めてつなごう 日本のデザイン」(2022年11月30日~12月19日 国立新美術館)の開催に合わせて、シンポジウムを開催しました。

いま日本のデザインは世界から大きな注目を集めています。
ヨーロッパやアメリカの美術館では、伝統的なデザインから昨今は現代の日本のデザインまで、展覧会が開催されコレクションとして収蔵されてきた歴史があります。また一方では、アジア各国でもデザインの活動が活発になり、デザインミュージアムが建設されるなどの動きが出てきています。
そうした中で、日本にはまだデザインミュージアムが存在しません。
デザインキュレーションの経験が豊富な3人のスピーカーをお迎えし、それぞれの基調講演を行っていただくと共に、
・日本にまだないデザインミュージアムがなぜ必要なのか?
・どうしたら創れるのか?
・どんなミュージアムができればよいのか?
についてトークセッションを繰り広げました。

スピーカー:
 横山いくこ(香港M+ 建築・デザイン部門 リードキュレーター)
 保坂健二朗(滋賀県立美術館ディレクター)
 野見山桜(デザイン史研究者/デザインミュージアムジャパン展展示コーディネーター)
モデレーター:
 齋藤精一(一般社団法人Design-DESIGN MUSEUM理事/パノラマティクス主宰)

左から:齋藤精一 横山いくこ 野見山桜 保坂健二朗

横山いくこ:【基調講演 ①】香港M+設立の経緯

・2016年からM+に関わってきた。今日は、M+設立に至るまでにどれだけの「時間・人力・金」がかかったかの事例として話したい。
・立地は、香港がイギリスから中国に返還された後にできたウォーターフロントの最大の埋め立て地。
 初期のマスタープランに市民から同意を得られず、「ここに何を創るべきか?」について市民に意見を問い、「香港に足りないのは緑地であり文化である」となり西九龍文化地区プロジェクトがスタートした。
 M+は、その第一期の目玉。

・M+の建物の特徴は「〈展示ギャラリー〉が館内に入ってすぐにない」こと。広場のように広いエントランスプラザには展示室以外にも映画館、教育普及のラーニング・ハブ、ショップがゆったりと配置され、ウォーターフロントの公園につながる通り道でもある。ヨガをしたり、お弁当を食べられる屋外のスペースなども広くとってあり、そのおかげで美術館に入るという意識の敷居を低くしている。建物でも名前のM+=Museum+これまでの美術館に+という意識が反映されている。

<開館までの歴史>
・2003年にInvitation for proposal(開館を目指しての諮問)が出されて、2021年に開館。
 これはかなりのハイスピード。「外野」の声に煩わされない組織だからこそのスピード感といえる。
・2003年の諮問を受け、2006年11月23日にミュージアム・アドバイザリー・グループは「白書」を提出。世界中の美術館の調査を踏まえ「こういうものを香港に創るべきだ」という具体的なロードマップを示した。
 白書には、「M+とは、未来のためのプラットフォーム」と記されていた。

ミュージアム・アドバイザリー・グループによる「白書」

・白書に対し、香港政府は4000億の予算をつけた。(M+だけでなくWKCDA全体の基本開発予算)
 作品収蔵予算:300億円(多いとはいえないが、これを元に多くのクオリティーの高い作品の寄贈が多く集まる。現在の収蔵作品の評価額の70%は寄贈)
 建物:950億円
 そしてロードマップに沿って、実現に向けての具体的な動きが始まった。

・2008年:WKCDA(West Kowloon Cultural District Authority/西九龍文化区局=M+を管理する組織)発足。
・2010年:初代館長をヨーロッパから招聘、国際的なスペックの美術館を目指すという姿勢から。
・2012年:アジア美術の大コレクターウリ・シグ氏が1500点を寄贈=M+コレクションに対する信頼度が高まり、その後のコレクションがしやすくなった。

<M+の特徴>
・香港はアジアの中継地点。美術館としてのありかたも、香港単独で見るよりアジアの一部として捉えるべき。
・20世紀のアジアを俯瞰して見ることで、従来の美術史に入っていなかった「アジア」のカノンを埋めようとするミュージアムである。
・「アート」「映像」「デザイン」の3つのセクションが等価値に存在して議論し合う組織。総称してVisual Culture「視覚文化」。
 例えば「ネオンサイン」は、デザインの視点からは「グラフィック」や「クラフト」ということになるが、映像や美術の視点からは「香港の街の象徴」となり、多様な見方をすることができる視覚文化である。
・アジア各国の「その国のベスト」を集めるのではない。アジアがどのようにつながり、影響しあってきたのか、またそれがアジアを超えてグローパルにどうリンクしているかということが特徴的な作品を収蔵する。
・デザイン部門は、映像・アートに比べて豊富なアーカイブ(主に建築資料)を持っている。日本デザインは、中でも重要な位置を占めている。
• 2021年11月に開館。開館4ヶ月で100万人、9ヶ月で200万人が来館(コロナ禍で海外からの来場者不在の中で)。ただしこの最初の一年は無料。2022年11月から有料化(コレクション展120 HKD、企画展240 HKD)。

保坂健二朗:【基調講演 ②】日本の国立・公立美術館のデザインコレクション

・現在の日本の国立美術館におけるデザインコレクションの状況
 それぞれに「軸」がある。
  東京国立近代美術館 →工芸、グラフィック、プロダクト
  国立西洋美術館 →指輪、テキスタイル(寄贈による)
  京都国立近代美術館 →工芸
  国立国際美術館 →グラフィック
  ※国立新美術館以外の国立美術館では何らかデザインの扱いがある。
・「デザイン・建築」の扱い方は、通常の美術とは考え方を変えなければならないものである。
 ex.「隈研吾展」(2021年/東京国立近代美術館)
 報告書の出品点数の記載法ひとつとっても戸惑った。建物の件数で数える?展示写真の数で数える?いわゆる美術作品とは大きく異なる。

・日本の公立美術館のデザインコレクションの状況
 宇都宮美術館(「生活と美術」テーマに掲げる) →プロダクト、グラフィック
 埼玉県立近代美術館(当初から「座れる椅子」がセールスポイント) →椅子
 大阪中之島美術館 →インダストリアル、ポスター
 富山県美術館(英語名にart & designを入れている) →ポスター、グラフィック、椅子
 金沢21世紀美術館 →粟津潔のグラフィックコレクション

・参考になりそうな海外のデザインミュージアムの事例
 HNi(オランダ・ロッテルダム)
  -1993年設立のオランダ建築インスティチュート
  -2004年~デジタルの事例も扱うようになり、組織名を変えた
 MAK(ウイーン応用美術館)
  -「中国陶器の部屋は、川俣正がインスタレーション」という風に、現代のアーティストとコラボ。
  -オーストリアの建築家による海外での事例をコレクション

★ なぜ公立ではなく国立デザインミュージアムが必要なのか?
① 海外美術館などからの日本デザインに関する問い合わせの最初の窓口として適切である。
② 歴史を編む視点としてとりあえず必要(他の公立館は相対的視点として機能)。
③ 人材を集約しやすい(国立であれば、地方公立館職員も兼務で働くことができる)
④ 外部資金が獲得しやすい(かもしれない)

野見山桜:【基調講演 ③】デザインキュレーターから見たデザインの捉え方の変化

・日本のデザイン展の歴史を振り返ると、様々なデザインの展覧会が行われてきた。大きく3つのパターンに分けることができる…

① かつてあったもの、日本で「デザイン」が広がり始めた頃に見られた
【デザインを啓蒙する展覧会】
 国立近代美術館で開催された「世界のポスター展」(1953年)と「20世紀のデザイン」(1957年)、いずれも欧米の優良デザインを紹介して、日本のデザインのレベルを上げようという教育目的があった

② 昔から定型として存在し、現在でも王道とされるもの
【歴史的な様式や動きを紹介する展覧会】
 最近でいえば、府中市美術館で開催していた「アーツ・アンド・クラフツとデザイン」(2022年)やステーションギャラリーで開催した「きたれ、バウハウス」(2019年)など
【個人や特定グループの業績や活動を紹介する展覧会】
 国立新美術館で開催した「佐藤可士和展」(2021年)や「MIYAKE ISSEY展」(2016年)など
【職能団体や業界の振興団体が会員や応募者の作品紹介をする展示】
 JAGDAの展示やグッドデザイン賞など、アニュアルで開催するもの

③ 「デザイン」が飽和状態になった結果、出現し始めたもの
【デザインの再定義・解釈する展覧会】
 金沢21世紀美術館で開催された「工芸とデザインの境目」(2016年)や 東京国立近代美術館工芸館で開催した「デザインの(居)場所」(2019年)
【デザインの視点/思考を用いて社会の事象を考察する展覧会】
 21_21 DESIGN SIGHTでやっている展覧会はこの傾向が強い。最近では   「ルール?展」(2021年)が印象的だった。また現在、デザインハブで開催中の「かちのかたちたち展」もこの枠組みに入ると考える。

★ 今までにないデザインミュージアムに向けて考えておくべき事
・どんなデザインの展覧会を企画し、何を示してゆきたいか?
・デザイン展を開催する「場」であることに加えて、どのような役割を持つのか?

*** トークセッション ***

齋藤)ここまでのお話しから見えてくるのは、以下を議論する必要があるということ。
① これがミュージアムである必要があるか?
② アーカイブの定義
③ 「デザインミュージアム」ってそもそも何だろう?
そして、デザインミュージアムは、どうしたら作れるだろうか?
保坂さんが「デザインミュージアムは〈美術館の中のデザイン部門〉ではなく〈美術館として独立しているほうがいい〉と言われたが、その真意は?

保坂)M+のように、“「デザイン」「映像」「アート」とチームに分かれてはいるが相互に議論がある”、というのは理想。しかし多くの場合、各部門は競争をすることになる。ニューヨークのMoMAでさえそうで、デザインは常設に反映されていない。そういうつまらない事態に陥らないために、独立したデザインミュージアムが良いと言った。
絵画部門のキュレーターの多くがデザインに興味がなく、〈物ベース〉の美術館にデザインを投げ入れても弱小部門になる心配がある。
むしろ、MAK(ウイーン応用美術館)のように「デザインミュージアムが現代アートも持っている」くらいの方が良い。

横山)デザインにはアートほどの収蔵予算が不要。M+の場合は、購入予算はポット(全体が一つの財源)であり、部門別になっていない。
日本には公立・企業博物館などまとまったミュージアムがあり、この環境下に国立デザインミュージアムを創るとしたら、「中立」ということが意味であると思う。いわゆる“目利き”が収蔵品を選ぶケースが多い日本で、「中立性」を持つためには国立のミュージアムが必要。

野見山)日本にはデザインキュレーターを養成する課程がない。デザインコースの学校でも「デザイン史」が必修にならない。またデザイナー以外にもデザインに関する仕事が多く存在するのに、デザイン教育を行う学校のカリキュラムがデザイナー育成を目的として組まれている状況に違和感を覚える。

横山)「デザインは消費物であるゆえ、残さなければならない」と国が考えないといけない。ミュージアムとはオーソリティであり、中立的なデザイン史を残すべき立場。ミュージアムを名乗るからには収蔵品を持たなければならない。
21_21DESIGN SIGHTは人の思考を喚起する場所。成功している。しかし「収蔵品を持たない」という意味でそれでは足りないと思うから、デザインミュージアムが必要だ。

保坂)所管について。日本科学未来館は国立だが、独立した機構。このあり方が見習えないか?経済産業省が所管でデザインミュージアムができてもいい。文化行政が作れなかったデザインミュージアムがどうなるのか、見てみたい。
収蔵について。デザインミュージアムは「物そのものを愛でる」のではなく「そこにある工夫などを介して情報を見る」場所であり、従来のミュージアムとはそこが違う。
教育について。現状の美術の教科書には、かなりデザイン的な記述がある。美術教育において「デザイン」を分離させても良いのでは?

横山)デザインを収蔵するということは「物だけではなく、物の〈まわりのもの〉を集める」こと。アーカイブに何を入れるのか?新しいやり方を考える必要がある(収蔵品と一緒に、どんな情報を集めるか?)
デジタルアセット+物。紐付けたときに何が出てくるのか?(取り出したときに情報が載るようにしなければ!)

齋藤)デザインは「場所性」を持つもの。日本国内にさまざまなデザインがあるが、それらは「作られた場所」にあるべきではないか。
関係するすべての地方美術館の英語名を「●● design museum」にしてはどうか。
また、管轄は経済産業省であるべきだ。デザインミュージアム自体がアーカイブを持つのでは無く、基本的にネットワーク。「どこに何があり、どういう状況なのか」がわかればよいのではないか。

野見山)ネットワークを可視化する場合に、それはインターネット上での動きになるのだろうと想像する。日本でも美術では、「文化庁アートプラットフォーム事業」でやっている「ART PLATFORM JAPAN」という全国の美術館全体の所蔵を集約する動きがある。一方で実際の活用については、まだこれからの印象がある。また、サイト上の作品画像の掲載などについては、許諾や著作権のことで難しさがあるようだ。

齋藤)保坂さんが言っていた「他の国のカウンターパート」の必要性も大きい。フランスのデザイン関係者から「日本に来て、誰に会えば良いのか分からない」と言われた経験がある。

保坂)外交的に窓口を集約し、公にすることは大切。また、外国から届く情報を個人が持っていてはダメで、公にシェアしなければならない。そのことをきちんと考えないといけない。
一方、展覧会で発信できること、展覧会ならば整理できる情報がある。デザイン展は国際的に巡回させやすいのではないか?(ヴィトラデザインミュージアムなどからよく売り込みがある)
海外では日本のアートよりもデザインに関心が高いのではないか?展覧会をパッケージ化して売れば、収益を得られるかもしれない。

横山)賛成。国際的なデザインや建築のミュージアムのカンファレンスや展覧会パッケージ情報交換会のようなところに、日本からの出席者がほとんどいない。そういうところに参加したら、世界的な現在のテーマを知れるし、海外のデザインミュージアムの特徴を知ることもできる。

齋藤)ネットワーク美術館構想は、地域に勇気を与えるのでは?

野見山)一方で、この「デザインミュージアムジャパン展」を作り上げる作業を通しても「地域の博物館が信じているやり方を〈デザイン〉で括って良いのか?」の葛藤がどこかにあった。今回関わってくださった施設や機関と丁寧にコミュニケーションを取り、お互いの意見や考えの擦り合わせをするように心がけた。

齋藤)財源について。企業版ふるさと納税など、民間から出資してもらう方法はないか?
日本に寄付文化を根付かせ、「国立だけど民間の力で」ではどうか。

保坂)デザインミュージアムは、効果測定に関して、これまでの美術館と違う枠組みで活動を評価できる可能性がある。
・展覧会をパッケージで売る。
・そうした展覧会をきっかけに作家が海外のフェアに出る。
など。「もの」と「ものに付属する情報」を集めるミュージアムであるべきだ。

横山)機運とやる気、行動が必要。修正しながらでも良いから、ミュージアムに向けてのロードマップを作り動き始めるべきだ。M+は、構想が立ち上がった時期にアートバーゼル香港がスタートし、10年くらいの準備期間で市民に「アートを買う喜び」から「アートをサポートする喜び」へとサポーターカルチャーを育てた。スポンサーやパトロンから寄付を集めるディベロップメントチームや美術館運営をわかるミュージアム・ビジネスマネージメントがしっかりあることは大きい。そこを支える必要がある。

保阪)実現するには誰かこの事業のことばかりずっと考えている人が必要。(片手間で話し合っているだけでなく)

野見山)学芸に興味のある後進に育成を具体的に始める場を作る必要がある。

齋藤)できれば2025年、大阪万博に合わせて「全国のミュージアム一斉デザイン展」を開催したい。2023年10月に世界デザイン会議が日本で開催される。それも力にしたい。

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