「日本にデザインミュージアムをつくろう準備室vol.2」公開ミーティング議事録(後編)
開催日:2019年9月15日(日)
登壇者:色部義昭(グラフィックデザイナー)、林 保太(文化庁 文化経済・国際課 課長補佐)
モデレーター:齋藤精一(クリエイティブディレクター)
「みんなでつくるデザインミュージアム」。三宅一生さん、青柳正規さんが2012年に提唱した精神を受け継ぐ「デザインミュージアムをつくろう準備室」の公開会議vol.02。前編では、色部さんによるデザインを展示する難しさと展示アイデアについてのお話、林さんによる文化庁の文化経済戦略、そしてデザインプラットフォームのお話がありました。後編は、それを受けてのディスカッションです。
edit & text : 上條桂子(編集者)
photo : らくだ
齋藤
これからはフリーディスカッションでいきたいと思います。最初にvol.01の振り返りのなかにひとつあった、デザインの定義の話ができればと思います。色部さんのお話にもありましたが、色部さんが普段お仕事で扱っているデザインって、たぶん広がっていっているんだと思いますが、それについてお聞かせいただいてもいいですか?
色部
僕はブランディングの仕事が多くて。外側から見たらロゴだけをつくっていると思われているんですが、例えばOsaka Metroもそうなんですが、インナー向けのコミュニケーションも含めてデザインしているんですね。具体的に言うと、社員の行動指針を示すブランドブックをつくったり、社員向けのワークショップを行ったりしています。以前から変わったことというのは、デザインを提供される側であるクライアントと、される側であるコンシューマの両方を一緒に考えて、それを取りまとめるような役割を担っているのだと思います。いわゆる外側から見えるデザインだけではなく、そういう仕事は確実に増えてきています。
齋藤
先日、大阪万博関連の先生方に会ってお話を聞いてびっくりしたのが、いわゆるマニアの方たちがプロセスを全部アーカイブしたいと言ったんですよ。それはどういうことかというと、ボツ案や議論の内容も含めて全部が研究材料になるという。もちろん言えないことだらけなんですけど、ひとつに「プロセスのアーカイブ」はあり得るなと思っていて。その国の文化ってどうやってできるんだろうと考えたときに、例えば西武の堤清二さんがどうしてJ-WAVEや無印良品を作ろうと思ったのか。小池一子さんとかと直接お話すると、すごい話がぼろぼろと出てくるんですよ。アートっていうのはどちらかというと個人的な思考がビジュアルや彫刻になる。でも、デザインって社会的同調性を求められて紆余曲折しながらつくっていって、結果的に人の行動を変えるものになっていたり道具になっていたりするので、そのプロセス部分が見えにくいところがある。だからこそ、プロセスもアーカイブしなきゃいけないなと思っていて。色部さんはどう思われます?
色部
面白いと思います。先ほどお話した富山の展示というのは、そういう内容をテーマに展示していて。富山の展示では最終の答えをそこで明示しませんでした。デザインの展示だからこそできる面白さということで、プロセスを見せるということをしていました。例えば小さな空間を使ってプロセスのみ展示して、最終形態はそこに展示せず最後は実装された実物で見てくださいという展示スタイルもありかもしれませんね。
齋藤
林さんにもお聞きしたいんですが、デザインは設計であるというお話でしたが、国のなかでデザインという分野はどういう風に受け取られていると思いますか? 個人的な意見でもいいので。
林
産業振興としてのデザインの振興は、いま経産省でやっています。文化庁のなかでは、なかなか踏み込めていなかった分野というのがいくつかあって、代表的なものはデザインとファッションと建築なんです。建築というのは建築家がつくる建築ですね、古い伝統建築については文化財としてはがっつり保護しているわけですが、新しい建築というのはいまだに弱い。
齋藤
そうなんですよね。文化庁ってもともと、出来た理由が文化財の補修保全ですよね。デザインというのは、これまでもお話してきたようにとても範疇が広いじゃないですか。それを補修保全という文脈ではなく、最近できたものも含めてアーカイブするようなことは。例えば、ある国では一定の興業収入を得た映画はすべてアーカイブするという法律があるそうで。
林
おっしゃる通り、文化庁のアイデンティティって文化財保護が強いんです。それは僕が20数年前に来たときから変わっていなくて、まだまだ新しく生み出していくことをどう振興するかというのが弱い。未来に向けて将来残すべきものが残るように、そのためにはどんどん新しい人が出てくるような土壌を支えていくような政策がまだうまく開発されていないな、というのが文化庁にいて思うことです。
色部
そうですね。日本人の建築家がつくった模型は、ポンピドゥーセンターがどんどんコレクションしているという話はよく聞きます。日本に大事な資源が残らないというのは残念ですよね。
齋藤
僕はどんどんアクションプランに落としていきたいんですが、そうした動きを国に気づいてもらうには、我々有志団体としてはどうすればいいですかね? まずは林さんに情報を入れ続けるというのがあります(笑)。例えば、ナイトタイムエコノミーという、夜の時間に経済活性化のように、議員連盟ができて、議員立法で風営法が変わって、ひとつの目標として財源がついたような例がある。そんな感じで、デザイン保護法みたいなものをやったらいいのでしょうか。
林
アートの話で言うと、そこが本心ではないのかもしれませんが、「経済的な利もありますよ」と言うことで、政府の関心を引いたようなところはあります。政策にはトレンドがあって、今はあきらかに観光なんですが、それにうまくコミットしたり、そういうキーワードをステップに使うようなことを考えています。そうした文脈にのっていけば、政策の優先度が上がるので。
齋藤
ひとつ、2025年の大阪万博はひとつの契機になり得そうですね。日本のデザインは日本人だとあんまり評価ができない。先ほど色部さんも言いましたが、いいものはポンピドーが買っていっちゃったり。香港の「M+」というミュージアムがあって、ヘルツォーク・ド・ムーロンの設計で2020年開館を目指して準備中なんですが、倉俣史朗がデザインした寿司屋をまるごと収蔵するという話があったり。日本って自国にあるデザインのよさってわかっていなくて、Gマークももう5年くらい審査員をやっていますが、そこが伝わっていないような気がしていて。また、ビジネスというのもひとつキーワードになるのかもしれません。
色部
そこも難しいところだと思います。ある民間企業の経済成長のためにつくったデザインを、国が保存するというのはやりづらいのかもしれません。
林
ミュージアムとマーケットの関係というのはあって。アートの場合は完全にそうなんですが、ミュージアムは完全にノンプロフィットでビジネスとかマーケットとは切り離されたかたちで、アートヒストリーとしての価値を担保するものである。それによって成り立っているんです。マーケット側がミュージアムの価値付けを見て価格を決めていくという関係性もある。デザインというのは成り立ちが非常に産業と密接なので、そのシステムをサステナブルなものにすれば、企業との良好な関係性がつくれるんじゃないかなという感じはします。
齋藤
いま美術館や博物館はどこも赤字なんですよね。ミュージアムってビジネスにならないと言われていたところを払拭しなきゃいけないと思っていて。エコシステムをどうつくるかは一個の鍵になるかなと思います。そのためにも、けっこう皆さんが興味を持っているのは「教育」なのではないかと思います。デザインミュージアムが何らかのかたちでできたとして、どのように社会の役割として存在すべきなのか。「教育」というキーワードはどう思われますか?
林
教育行政にはかかわっていませんので、傍目から見ていての意見となりますが、いまは専門教育ではなく教養教育、つまり人間としての土台を育てるようなことが弱くなっているように思います。学校教育ではそれをやっていくのが難しくて、そこにミュージアムの出番があるんじゃないかと思っています。まずは良質なものをたくさん見て、それらの意味付けを学ぶこと。教育とミュージアムがもっと近づくべきだとは思っています。
色部
同感です。教育という側面から見てもデザインってまだまだ浸透していないように思っていて。例えば、美術の教科書のほんの一部にデザインという項目があるんが現状ですが、美術とデザインというのは、全然違う術な気がしていて。昔、デザインは応用芸術と言われていましたが、いまのデザインはその範囲も超えている。デザインミュージアムというのは、美術館の中のひとつのコーナーのようなものではなくて独立したものであるべきだと思います。そして、教育の面からすると、学校の授業に美術だけではなくデザインという科目があってもいい。
齋藤
デザインとは何かということを知らしめることのひとつとして、前回もお話しましたが、デザインミュージアムについての話がテレビ番組になるという構想があって。最近では、Eテレでも「デザインあ」などデザインという言葉がついた番組も増えてきたし、NHKのなかでも取り上げる機会が増えてきたように思います。
倉森
NHKの倉森です。NHKでもいま「デザイントークス+」という番組をやっていたりします。私はこの活動と並行して「デザインミュージアムをデザインする」という番組の企画をNHKに通していて。実はまだ放送日が決まらないんですが、企画自体は通っています。デザインミュージアムをつくる、じゃあどんな風に?どこで?という議論をそのまま番組にできたらいいなと考えています。また、この活動は続けることが大事なので、この番組も継続したものにしたいと思っています。
齋藤
次は11月にシンポジウムをするんですが、ぜひ、この動きをダイナミックなものにしたいと思っています。同じような構想を持っていらっしゃる方もたくさんいるので、同時期になんらかの方法で集まって一気にアクションしていくというのは、いいかもしれません。また、どんな形でも仮のものでいいので、例えば、2025年の大阪万博を見据えて、ロードマップを書いてしまうことも必要ですね。明文化して、メディアで旗揚げしてしまう。林さん、どうでしょうか?
林
例えば、大阪にある国立民族学博物館は1970年の万博の際にできたミュージアムです。まったく新しいコンセプトのデザインミュージアムを、万博の機運でつくるというのは、非常に合理的だと思います。
齋藤
僕が個人的に思っていたのは、日本のデザインは浅いなんて言われることがありますが、近代オリンピック以降のデザインはけっこう深いんじゃないかと思います。例えば、2025年の大阪万博では、1970年と2025年で日本がどう変わったのか、何が失敗で何が成功なのかを比較展示できるといいなあと思いました。他に、2025年まで待たずとも、明日から始められることって何かないでしょうか?
色部
スモールスタートをするのがいいと思います。大きな会場を借りてやるのはお金も人も必要になる。そうではなくて、小さなギャラリースペースをハブにして、そこを基点に移動をして見に行くような。2011年に「竹尾ペーパーショウ」のアートディレクションを手掛けたました。東日本大震災があった年で、丸ビルの大きなホールで展示をする予定だったんですが、一回延期になったんです。また同じ場所を借りてやるというのも難しく、状況的にも厳しかったので、竹尾がもともと運営している小さなギャラリースペースをハブにした展示を行いました。テーマが「本」だったので、全国の本屋さんをサテライト会場にして。全国20数店の本屋さんの書棚を借りて本の展示をしました。デザインミュージアムも、テーマをきちんと決めて、ハブとなる場所を設定するような形でクイックスタートできるのではないかと思います。
齋藤
確かにそうですね。他にもvol.01で出た今後の課題をおさらいすると、以下の4点なのかなと思っています。
・デザインミュージアムを作る立場でデザインを定義する必要ある。
・デザイン業界、ラーニングも含めてどのような展開するのか議論が必要。
・アクションを起こすためのロードマップを作る。
・まずは全国に散らばったアーカイブをデータベース化などまずは始める。
ひとつはこの前も話をしましたが、全国の民芸館や資料館のデータベースをまとめて見られるウェブサイトをつくるということ。それは今すぐにでも始めたいなと思って準備中です。色部さんがおっしゃったようなことも、すぐにできそうですね。その際に、やはりインデックスはあった方がいいんでしょうか?
色部
あった方がいいと思います。博物館では、「フィールドミュージアム」という考え方で様々展開されていますが、ネットワークがインターネット上だけじゃなく、フィジカルなサインを設置しておくことで、回遊性と価値を高めることができます。
齋藤
認証マークみたいなものですね。全国の民芸館とかをつなぐっていうのはストーリーがつくれますよね。それは明日からでも頑張ればできる。もうひとつは皆さんの力も必要になると思います。では、質問を受け付けられればと思います。
質問者(女性A)
フレームワークのお話をされていましたが、それを実際に実働する人間の教育が必要不可欠だと思っています。学芸員だったりエデュケーターという人たち。その辺に関してはどうお考えでしょうか。齋藤さん、林さんからお伺いしたいです。
齋藤
エデュケーター育成というのは、日本のなかでもようやく最近取り沙汰され始めたという段階なのだと思います。美術教育、デザイン教育という言葉は、国の成長戦略の中でも重要視されています。いわゆる感性教育ということですね。国の戦略に入ってきているということは、こちら側も後押ししやすいということです。また、デザインというのは、単に見て学べという風にはいかないものが多い。僕が個人的に思っているのは、美大や芸大だけではなく大学の教育学科でもデザインを教えるという観点から教育者を育てるということをやっていかないとダメだと思っています。もうひとつ、最近はワークショップなどの美術教育をする民間のスタートアップがたくさん出てきたような印象があります。流れとしては、プログラミングとかもそうですが、日本のなかでもデザイン教育、美術教育というクリエイティブ教育の分野が大きくなるんだなと思います。
林
学芸員にしてもそうですが、先ほどお話に出たアーカイブやデータベースにしてもそうで、それをやって食べていける人がもっと増えなければならないと思います。大事なんだけれどやれる人が少ないというのは、それで食べられないから。それをどうやってつくっていくかを考えていかなければならないと思います。アーカイブというのは営利ではできない。国家の仕事ですよね、という部分が必ずある。今後、それをどうしていくかということがいま問われている。文化政策としてどうするかというところだと思います。
齋藤
それが非常に難しいところで、最初は支援をもらいながら、手弁当でという風になるんですが、やはりエコシステムとかビジネスという話が出ましたが、回る仕組みをつくらないとすぐに立ち消えてしまう。
質問者(女性A)
教育が必要だと思うのは、デザイナーを教育している現場自体のデザインリテラシーも低いと感じています。例えばジェンダーの問題や、今起きている社会問題を知らない学生がたくさんいるし、教育の中で歴史の比重が非常に低い。そういうことを学んでいれば、デザイナーだけではなく、批評であるとか他の仕事にも就けると思う。
質問者(女性B)
83年にデザインのギャラリーをソーホーで立ち上げまして。田中一光さんや倉俣史朗さんを始めとして、日本のデザインを300点くらいをMoMAのパーマネントコレクションにいれるお手伝いをしました。皆さんうちで展覧会をすると、日本に行ったらどこで見られるの?ということをよく聞かれるんですが、そういうギャラリーはない。たまたま展覧会をしていれば見られますが、でもやっていても一週間ですよ、という。それでとっても恥ずかしい思いをしてきました。アメリカの場合は、コレクターとか愛好者が買ってミュージアムに寄付することで成り立っている。日本は全部JETROとか政治とかが絡んでいるんですが、行政がかかわることでまったく進まない。30年間何も変わっていません。
コレクターを育てるような仕組みと教育が必要だと思います。アメリカでは、5月と10月にガラパーティを開いて寄付を募る。そこでは税制が優遇されるんです。そういうのからサポートされてミュージアムは生きているんです。行政の人たちに助けを求めていたら無視。本当にいいものがコレクションできません。
齋藤
行政を打出の小槌みたいに考えているのは古いなと思っていて。林さんなんかはよくご存知だと思いますが、行政の答えを待っていたら進まないんですよね。また、例えば田中一光さんのコレクションなんて、資生堂もモリサワもコレクションしているけれど、常に見られる場所はない。そういう状況をなんとかしたいですね。
参加者(男性)
D8というデザインミュージアムを作ろうという活動をしています。デザインプラットフォームがどういう機動力で、関わる人たちに対してどういうベネフィットを生み出すのかをきちんと描くことが大事だと思っています。ミュージアムの研究をしている先輩から「博物館というのは資源を再資源化するところなんだよ」という言葉を言われました。今日のお話はプロセスのアーカイブなども含めて興味深いものばかりでした。その定義ができれば、教育やビジネスのプラットフォームとしても機能できるものになると思います。
齋藤
ありがとうございます。最後に、締めのコメントができればと。行政がどう関わってもらうかということについて。日本にはドネーションの文化がないので、民間だけで話をしていると皆さんROI(return on investment)という投資に対しての利益の話しかしない。そういった意味では号令をかけるのを国なのか、連合体からしてもらうと民間は立ち上がりやすい。両方とも旨いタイミングでトリガーを押していけると、いいなあと思っています。産業ではなくて文化であるということが重要で、でもその文化が産業におちていくというシステムを作っていくことが重要。
林
二つ思ったことがあります。ドネーションを支える税制ができていないというのは、美術振興の方向性から考えてもそれが一番ネックであるということは数年前からハッキリ分かっています。これは、いろいろアクションを起こしていきたいと思っているところで、ミュージアムに寄贈すれば優遇されるという仕組みを作っていきたいとは思っています。
もうひとつ、いままでの日本は西欧の文化への憧れを背景に日本人に買ってもらう、というビジネスでしたが、国内のマーケットは今後しぼんでいくので、海外の人に買ってもらう必要がある。その時に西欧文化を背景にしていてはダメなんですね。日本文化をバッックボーンに持つものを編み出さないとダメで、日本文化をきちんと背景に持つ、「日本ブランド」みたいなものをつくっていくというのが打つべきひとつの手だと思います。
色部
今日はデザインのためのデザインということで冒頭少しお話しましたが、やはりエコシステムをつくっていくにしても、デザインミュージアムのための様々なデザインについてとことん考えなきゃいけないなと思いました。見た目だけではなく、運営面にしても継続性にしても、どこから切ってもいいデザインになっていなければいけないと思いました。
開催概要
「日本にデザインミュージアムをつくろう準備室vol.2」
日時:2019年9月15日(日)15:00-17:00
場所:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター
イベント協力:有友賢治、河村和也、山下公彦(TYO.inc)
✳︎次回開催のお知らせなどはこちら
→公式WEB http://designmuseum.jp
→Twitter https://twitter.com/designmuseum_jp
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?